狡猾な王子様
再び沈黙に包まれてしまうのかと思いきや、英二さんは調理場から出て私の目の前までやって来ると、いつもと同じようにフワリと微笑んだ。


まるで何事もなかったかのような、あまりにも自然過ぎる笑顔。


それを目にした直後、なぜか嫌な汗が背中を伝った。


「ご苦労様、今日もありがとう」


「あ……」


上手く笑えない私は、いつものような笑顔どころか言い慣れたはずの台詞も返せない。


英二さんは、そんな私の気持ちを察するように微苦笑を浮かべた。


「ごめんね、変なところ見せちゃって」


“変なところ”と表現された光景は、どうやら頭の中にこびりついてしまったみたい。


脳裏には、さっきのシーンだけが鮮明に焼き付いている。


だけど……。


「い、いえ……。私の方こそ、本当にすみませんでした。その……彼女さんとの時間を邪魔しちゃって……」


今度こそ紡げた言葉を、普段の自分からは考えられないくらいに淡々とした声で零した。


それなのに……。

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