狡猾な王子様
ふと、沈黙が下りる。


キスの予感を抱いたことで緊張が大きくなり、思わず体が少しだけ硬くなった。


「そんなに緊張しなくてもいいのに」


英二さんはクスッと笑って、俯きかけていた私の顎を掬った。


「まぁ、そういうとこが可愛いんだけどね」


私だけに向けられた柔らかな微笑みに、胸の奥がキュンと高鳴る。


その表情に見入っていると、唇に温もりが落とされた。


チュッと鳴ったリップ音は、静かな車内によく響いた。


ただでさえ恥ずかしいのに、どこか艶めいたような音にますます羞恥が込み上げてきて、頰がカァッと熱くなった。


いくら車内が暗くても、私の頰に触れている彼の手がその熱を受け取っているはず。


そう考えるとどんどん恥ずかしくなって、逃げるように視線を伏せようとしたけど……。


「顔、隠さないで」


甘さを孕んだ声がそれを優しく咎め、再び唇に柔らかいものが落とされた。


今度は音もなくそっと触れるだけのキスで、英二さんの唇はすぐに離れていった。


優しい口づけだったけど、瞳を閉じるタイミングを逃したせいでその一部始終を至近距離で見てしまい、さらには唇が離れた今も彼の顔がすぐ目の前にあって、息が止まりそうになった。

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