狡猾な王子様
ルームミラーには、慌てて店先に姿を現した英二さんが映っていたけど……。


スピードをどんどん上げる車内のそこに映る彼は、どんな表情をしているのかわからない。


そのまま英二さんとの距離は離れていき、あっという間に木漏れ日亭も彼の姿も見えなくなってしまった。


それでも、逃げるようなスピードで木々が生い茂る道とその先の砂利道を向け、ようやく道路に出たところでブレーキを踏んだ。


驚きのせいか止まっていた涙が、再びポロリと零れ落ちる。


なぜだか悔しさにも似た感情が込み上げて手の甲で涙をゴシゴシと拭うと、ピリッと染みるような痛みを感じた。


ゆっくりと視界に入れた手の甲には、うっすらと血が滲んでいる。


さっきのガラスの破片で切ったのだと理解するまでに時間は掛からなくて、それからすぐにデニムの裾が濡れていることにも気付いた。


なんであんなこと言っちゃったの……。


自分では、とても慎重な性格だと思っていた。


それなのに……。

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