狡猾な王子様
優しい声に、とろけそうな程に柔らかな表情。


あの時、聴覚と視覚をくすぐったそんな甘いものたちとは裏腹に、心に届いた言葉はとても鋭利だった。


だけど……。


心底気になっているのは、あの残酷な台詞の前に吐かれた意味深な言葉。


『別に、誰でもいい、ってわけじゃないんだけどね』


英二さんは、たしかにそう言った。


『でも、誰かじゃないとダメ、ってこともないんだ』


そして、そんな風にも言った。


私には、なぜかそれが“誰か”を求めているような言い方に思えてしまって、どうしてだか引っ掛かっていた。


思い返せば返す程に傷が深くなっていき、英二さんの気持ちがわからなくなっていくばかり。


それなのに……。


英二さんがどうしてあんなことを言ったのか、その真意が知りたくて堪らなくて。


気まずさや後悔を抱く心は現実から逃げ出したいとすら思っているのに、頭の中では彼に訊きたいことばかりが次から次へと思い浮かぶのだ。

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