わたし、巫女ですから
「これ、欲しいの?」
そう問いかけられて、ようやく『逃げなきゃ』と後ずさる。
相手は人間だ。捕まったら、何をされるか分からない。
「あ、待って!」
待ってと言われて待つバカなんて、僕ぐらいなもんだろう。素直に立ち止まってしまった。
別れるのが惜しいと、どこかで思っていた所為かもしれない。
「ちょっとだけ、待ってね」
女の子はそう言うと、スーパーの袋をガサゴソあさって、落としたものと同じパンを引っ張り出した。落とした方は、袋に仕舞う。
「あのパン、食べるのわたしだから」
包装袋を開けて、パンだけを僕に差し出してくれる。怖々と、そのパンをくわえると、女の子はにこりと笑った。
「あげる。よく噛んで食べてね?」
女の子がパンから手を離した途端、僕はパンをくわえたまま、踵を返して路地裏に駆け出した。後ろから『ばいばい!』と声がしていた。
路地裏に入って、そのまま住処にしている空き地まで走り続けた。
先に帰っていたらしい牡丹が、人型の姿で驚いた顔をする。
「どしたの?そんなに走って?」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
僕も人型になって、くわえたパンを手に持ち変える。開いた方の手を胸に当てて息を整えようとするけれど、ドキドキと早鐘を打つ心臓を余計に意識してしまう。
このドキドキは、走った所為だけじゃない。
「あれ?それ、パン?」
牡丹が僕の手の中のパンを指差した。僕は息を整えながら、コクコクと頷く。