もう一度愛を聴かせて…
彼は一メートルくらい離れた距離からわたしに声をかける。

多分、わたしが近づかないでって言ったからだ。


でも、今のわたしには、あの日のことより“妊娠”のほうが数倍恐ろしかった。

わたしは立ち上がると彼に駆け寄り、縋り付くように抱きついた。


「若菜、若菜どうした? おい、何があったんだ!」

「橘さん……助けて、怖い、どうしよう。わたし、どうしたらいいの?」


あとから、あとから涙がこぼれてくる。


「誰かに何かされたのか? 市村か? 言えよ、俺が力になるから……なんでもするから」

「ずっと……具合悪くて。でも、気づかなくて。さっき言われたの……こんなこと、こんなことになるなんて」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。誰に何を言われた? こんなことって……頼むから落ちついて。俺にわかるように話してくれ」

「あれから……あの日からずっと、来てなくて。今日言われて気がついたの。どうしよう、三週間なんて、わたし、こんなの初めてで」

「三週間って言われても。来てないって……え? それってまさか」


彼が、息を呑むのがわかった。

やっぱり、困っている。表情が見る間にこわばってきて、どう考えても迷惑そうだ。

まあ、当たり前のことだろう。彼はわたしが抱きたかっただけで、あとのことなんて考えてもいなかったに違いない。


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