もう一度愛を聴かせて…
「ちょっと待って。それって」


一瞬で涙が噴き出してきた。

ポロポロ、ポロポロ流れてきて、止まらない。

彼と付き合うようになって、夢見たこともある……『赤ちゃんできてますよ。おめでとう』それは、最高に幸せな瞬間になるはずだった。

もし、結婚前に授かっても、絶対に産もうって決めていた。もし、万が一、橘さんにフラれたとしても、愛し合って授かった命でさえあったなら。


『好きじゃない。誰がおまえのことなんか……』


その言葉が頭の中にガンガン響いた。

わたしは気持ちが悪くなって、差し出されたホーローの洗面器に吐いたのだった。


「忘れたいのに……忘れられるって思ったのに……どうして……」


意味のわからない言葉を呟きながら、しばらく泣き続けた。嗚咽が治まらないわたしの背中を、先生はずっと擦ってくれたのだった。



「落ちついた?」

「はい。すみません」

「ひとつ確認しておきたいんだけど。赤ちゃんのお父さんとは、合意の上でセックスしたのよね?」


さっきとは違って、先生はものすごく張り詰めた声で質問した。

どこか怒っているみたいで、思わず、遠慮がちな言葉になってしまう。


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