もう一度愛を聴かせて…
   ◇


手術前夜、わたしは橘さんに電話した。


「若菜っ! なんで連絡してくれないんだ! どれほど心配したと思ってるんだよ。若菜、子供は? 病院はどうだった? 安西のお袋さんは、守秘義務があるとか言い出して全然相手にしてくれないんだ。今日は、いよいよ家まで行こうかと思ってた」

「ダメ! 今、遅い夏休みを取ってお兄ちゃんが帰って来てるの。だから、絶対に来ないで。あの……第八週だって、三ヶ月目に入ってた」

「……三ヶ月……」


その声は変な風に聞こえた。

多分、わたしと同じことを考えているんだと思って、慌てて説明を追加する。


「そういう数え方するんだって! 七月の半ば過ぎから二十五日くらいまでに心当たりはあるか、って聞かれたから」


わたしはなんて思われてもいい。どうせ愛されているわけじゃないんだから、もう、どうでもいいことだけど、この子が……パパに疑われるなんて可哀想だ。


「そ、そっか……うん。ああ、えっと……あの、さ。とりあえず俺」


何を言っているのかよくわからない橘さんを無視して、わたしは先に言いたいことだけ言うことにした。


「お願い! お願いだから、わたし……堕ろしたくない。産みたい。産みたいの!」

「え? イヤ、あの……それって、どういう意味?」

「迷惑かけないから。ゼッタイあなたの名前は言わないから……産んでもいいって言って。認知とかしなくていいし、お金もいらない。絶対に迷惑はかけない、約束するから……」


果たして、彼の援助なしにどうやって産むつもりなのだろう。

それでも、どうしてもこの子を産みたい! 今のわたしには、それを口にするだけ精一杯だった。


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