もう一度愛を聴かせて…
「好き、なの……好きな人の赤ちゃん産みたいの。お願い、学校は辞める。働くから、だからお父さんに言いつけるのは待って。お願い、お兄ちゃん!」


八歳年上のお兄ちゃんは国立大学を出て、今年、東京の弁護士事務所に勤めだしたばかりだ。お父さんは警察官になって欲しかったみたいだけど。

お兄ちゃんが大学進学でこの家を出るまで、普通程度に仲のよい兄妹だったと思う。


「俺が決断できるレベルの問題じゃないだろう? おまえ、子供を産むってことがどんなことか、わかってるのか? 本気で学校辞めて働いて、子供育てて行けると思ってんのかよ。――それより、相手の名前を教えろよ。どこの馬鹿男か知らないが、そんな奴に大事な妹を孕まされて、黙っていられると思うか? 言えよ、誰だ、お兄ちゃんが話をつけてやるから」

「……話って?」


お兄ちゃんは大声で怒鳴りたいのを我慢している感じだ。お父さんたちに聞こえないように、廊下を確認してドアをしっかりと閉める。


わたしはお兄ちゃんの『話をつけてやる』という言葉に心が揺れた。


「相手は……まさか、十七のおまえより年下じゃないよな? いや、そのときは親が責任を取るべきだろう。おまえの苦痛に見合うだけの慰謝料を」

「やめてっ! お願い、それだけは絶対にやめて」


泣きつくわたしをお兄ちゃんは邪険に払うことはしなかった。

でも、次の日に中絶手術の予約を入れてることを話すと、お兄ちゃんが保護者としてサインするから絶対に堕ろせって言われた。

嫌なら、この場でお父さんとお母さんに話すって。


「十七のおまえを妊娠させて、ひとりで病院に行かせるような男に義理立てする必要なんかないだろう! 若菜、いい加減目を覚ませ!」


でも結局、次の日、病院には行けなかったのだ。


夏休み最後の日、わたしは両親と一緒に学校に呼び出された。


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