もう一度愛を聴かせて…
「いやっ! お願い、お父さん。ちゃんと働くから、だから」

「そんなに産みたいのか?」

「は……い」

「いいだろう。なら、相手の男の名前を言え」

「そ、れは……それだけは」

「その男に、おまえが払うのと同じだけ犠牲を払ってもらうぞ。それが条件だ。嫌なら……この家を出て行け。私たちが買い与えたものは何ひとつ持たず、全部置いて、身体ひとつでこの家から出て行ってみろ。若菜、子供を産むということは、おまえの考えているような甘いことじゃない!」


厳しい声で言うと、お父さんは応接間から出て行った。


わたしのお腹の中にいるのは、わたしとは別の心臓を持った命なのだ。

腫瘍を取り除くような……そんな気持ちで、“処分”なんてできるはずがない。

安西先生は『堕胎を選ぶ権利がある』と言ってくれた。権利がわたしにあるなら、出産を選ぶ権利だってあっていいはずなのに。


だがお母さんは、


「産むことを選ぶ権利はあなたにあるわ。でも、育てる義務も出てくるのよ。誰にも頼らず、父親のいない子をひとりで育てる自信があるの? 親に助けてもらわなきゃ産めないなんて、親になる資格がないでしょう?」


出て行けと言われたら、行く所もなかった。

産むお金も育てるお金もない。

でも、彼の名前を告げたら……わたしは、子供の命より、橘さんを取った。ううん、彼の冷たい視線や言葉を聞くのが怖かったのだ。

結局、わたしは自分自身を選んだのだった。


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