もう一度愛を聴かせて…
「おまえは、好きな花は桜って言ったろ? 桜は花束にはできないからさ……将来、家を買ったら庭に桜の木を植えようって。その桜を、毎年ふたりで見ようなって言ったの覚えてる?」

「うん……覚えてる、けど」

「プロポーズしてるつもりだった。あの後、かなり親密になれたし、最後の一線を越えてないだけって感じだったし。信じてくれないかもしれないけど、子供を堕ろすなんて、俺は一度も考えなかったよ」

「嘘……だって、あのとき『おまえのことなんか好きじゃない』って……だからわたし」

「いや、だから、ゴメン。あのときは、誤解と嫉妬でめちゃくちゃになってた。本当にすみません。申し訳ありませんでした。このとおり、どうか勘弁してください」 


ふたたび、簡易ベッドの布団の上に両手をつき、額を擦り付けて謝る。


「赤ちゃん……産んでもいいの?」

「いいも何も、俺は嬉しいよ。大変なのはわかってるし、どうやって周りを説得しようって思ったのも事実だけど。でも、おまえと結婚するのも、自分の子どもが生まれるのも、夢だったから。とにかく嬉しい! 頼むから、もう無茶しないでくれ。学校、辞めることになったんだってな。ゴメンな。でも、後悔はさせない。ご両親にも頭を下げて、必ず結婚のお許しをもらう。だから、死ぬ、とか二度と言わないでくれ、さっきは生きた心地がしなかった」

「橘さん……」


感極まって彼に抱きつこうとしたとき、横から咳払いが聞こえる。 


「申し訳ないんだけど、続きは家に帰ってからやってください。……よかったわね」


安西先生の笑顔にわたしも笑顔で答えた。


「はい!」


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