秘密

*その5*

うちに帰り、ソファに深く座り込む。


何だか無性にガッツポーズしたくなった。

頑張ったな、今日の俺。
早瀬 ナナにようやく近付けた。一歩どころか一足飛びに。

一瞬だけ触れた柔らかい唇が生々しく思い出される。

もっと欲しかった。

柔らかい…甘い唇。

こじ開けて中まで味わいたい。


こんな風に誰かを欲することなんて、過去に一度もなかった。

何故彼女にだけこういう感情を抱くのか。



彼女・早瀬 ナナが誰にも何にも靡かない、凛とした女性だからなのかもしれない。


そんなナナを腕に抱いて鳴かせたい。

きっと綺麗な声で鳴くに違いない。

(欲求不満だな、俺は。2ヶ月ちょいしないでいるだけでこうなるもんかな…。)


明日は土曜日で休日出勤もない日だ。

ナナとどこか出掛けてみようか。


スマホを胸ポケットから取り出し、一時間くらい前にゲットしたばかりのナナのアドレスを呼び出す。


件名:明日
本文:どこかいかないか?車出すから遠出でもOK。


送信して待つこと30分。


件名:いいですよ。
本文:兄が課長を見たらしく、尋問したいそうです。本職の刑事の取り調べ、経験しますか? (^∇^)




顔文字だ。


へぇ。早瀬ってプライベートだとこんなメールするのか。
なんか、新鮮だな。


…ん?


本職の刑事に取り調べ?



件名:マジで?
本文:早瀬のお兄さんは刑事?見られたら
ヤバかった?


すぐに返事が返って来る。

件名:Re:マジで?
本文:マジですw ヤバくはないです。少し過保護な兄ですけど。
明日どうしますか?出掛けるのはOKですけど、だからといってお付き合いOKじゃないですよ?

ナナの笑顔が浮かぶ。


会社で山本と話している時。
他の同僚と会話をしている時。


ふと見せる彼女の笑顔。


最初に釘付けになったのはその笑顔だった。



件名:じゃあ。
本文:水族館とか動物園とか?つまんねぇか。

件名:Re:じゃあ
本文:水族館!行きたい!課長の奢りですか?( ^ω^ )?

件名:Re:Re:じゃあ
本文:いいよ。収入俺の方が上だし。当たり前じゃん。じゃ、朝10時に迎えに行く。

件名:Re:Re:Re:じゃあ
本文:あ、9時じゃダメですか?兄が会いたいからって。

件名:Re:Re:Re:Re:じゃあ
本文:マジか⁉まだお試し段階なのに難関じゃねぇか!


…気が付けば気取る事も飾る事もない、素のままの自分を曝け出して2人でメールのやり取りをしていた。


件名:レス長いからw
本文:課長、携帯はスマホですよね?LINEの方が楽なんでアプリ取得してくださいよ( ^ω^ )
わかんなかったら、明日教えます!

件名:わかるわ!
本文:30過ぎてもそれくらい知ってるよ。それよかさ、プライベートで「課長」はやめてくれよ。仕事みたいで胸くそ悪いw


件名:
本文:…何て呼んだらいいんですか?

件名:
本文:翔太でいいよ。俺もナナって呼ぶから。その代わり、仕事では切り替えな?ケジメつけなきゃだから。

件名:了解( ̄^ ̄)ゞ
本文:でも呼び捨てってニガテ…頑張ってみます。

件名:Re了解( ̄^ ̄)ゞ
本文:頑張ることじゃねぇよ、慣れることが必要なだけじゃん。
じゃあ明日朝、またメールするから。
おやすみ、ナナ。

件名:Re:Re了解( ̄^ ̄)ゞ
本文:わかりました。おやすみなさい、翔太さん。




…翔太さん、かよ…。



やべぇ…今絶対顔が真っ赤だ、俺。

柄にもなく照れ笑いする。

こんな純粋な恋、いつ以来なんだろう。
ヤバい。

シャワー浴びてクールダウンさせよう。


明日が楽しみだ。




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