秘密
*その2*
車に乗ってからナナは一言も話さない。
俺も話さなかった。
何かを話せばそこから全てこぼれ落ちて止まらなくなりそうで。
怖かったんだ。
ナナを失うことになったら、俺は俺じゃなくなりそうで。
隣に座る、凛とした彼女の中に潜む闇。
闇に喰われてしまわないように、何も話さなかった。
行き先はこの辺りじゃ1番豪華だって言われているホテル。
スイートがウン十万するような高級ホテル。
ここなら誰かに聞かれることもない。
そう考えた末に選んだ場所だった。
一瞬、怯えた様な表情を見せたナナだったけれど、手を差し伸べるとそっと握り返してくれた。
きっと、ナナの心の中は嵐だろう。
どれだけの勇気が必要だったのか。
後になってそれを考えたが、俺にはとても出来ることじゃなさそうだった。
黙ったまま俺の後について来たナナを先に部屋へ通す。
目の前に広がる夜景。
ガラス張りの部屋からは街が一望できる。
「ナナ。おいで。」
ガラスにへばりついて外を眺めていたナナがビクッと身体を強張らせた。
「大丈夫。俺はお前を嫌ったりしない。」
「圭に、きいたの?」
不安気な顔のナナの腕を引き、抱きしめる。
「いや、なにも。」
「何も?」
「あぁ。圭史さんが、ナナが言いたくない事を自分が言うわけにはいかないって。」
小さくそっか、と呟くとナナはソファにぽすっと力なく座った。
「今から話すこと、ホントの事だけど聞いたら忘れて。」
忘れて?
何故だ。
「でないと、翔太さんが他の女性を選んだ時にあたしが苦しいから。」
ナナが俺を名前で呼んだ。
いつも何度言っても“課長”って言ってたのに。
そして悲しそうな顔をして笑った。
「ナナ?」
「あたしね、13歳の時にレイプされたの。塾の先生に。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昔から大人びていたんだと思う。
背も高かったし胸もみんなより早く大っきくなった。
でもみんなが初潮を迎える中、なかなかこなくて。
いつかな、いつかなって待ちわびてた。
生理になったら大人の仲間入りってイメージだったの。
小6から進学塾に通ってて、そこの先生はカッコ良くて人気者で。
圭史の友達でね。
なにかと相談事してたんだ。
だからもちろん初潮がこないことも、恥ずかしいとか思わなくて相談してたの。
先生が何考えてるか知りもしないで。
ある日ね、先生が授業終わりにあたしに言ったの。
生理になりたい?初潮きたら嬉しい?って。
だから、うん、って答えた。
先生はじゃあ先生が生理がくるようにしてあげるよって。
神社の裏にね、連れていかれて。
最初はただ裸になるだけだった。
でも生理にはならない。当たり前よね。
それでまた先生に相談、先生はあたしの身体を最初は眺めてるだけで。どんどんエスカレートして愛撫が始まって。じゃあまたしようね、って。
ある時ね、先生が少しだけ痛くなるけど絶対に生理になるからってね。
いきなり入れてきたの。
避妊なんて勿論ない。
嫌で嫌で泣いた。
でも毎日毎日犯された。
怖いのに。嫌なのに。
13歳で25歳の男の人とセックスするなんて、今考えたらあり得ないのに。
先生に上手く言いくるめられて、バカなあたしは先生の言いなりだったの。
あたしの異変に気付いたのは圭だった。
塾の帰り道、探してくれたの。
その先生ね、あたしを犯しながら圭にこう言ったの。
淫乱女が毎日誘ってきて、ここで自分から裸になって、足開いて入れて入れてって頼むからしてやってるんだ、欲しがるのはこの淫乱女の方だって。
自分は悪くないんだって。
あたし、今でもその声覚えてる。
呆然と立ち竦む圭の表情も覚えてる。
その直後、圭がね、先生を殴って。
殴って殴られて。
訴えてやる!って圭が怒鳴ったらこう言ったの。
出来るもんならやってみろ。
一生地獄へ落ちてろ、淫乱女、って。
死にたかった。
圭を傷付けて。
自分がバカすぎて。
その後。半年くらいしてようやく初潮迎えて。
嬉しいどころか圭とふたり、ホッとしてた。
よかったな、初潮がまだで。
もし生理になってたら、間違いなく妊娠してた。
そう圭から言われて。
ほんと、あたしはバカ。
圭がね、ボロボロ泣くの。
刑事のくせにね、大切な妹を守れなかった、って。
親には言えなかった。
お父さんもお母さんもお店があって大変なのに、あたしのバカに付き合わせちゃダメだって思って。
全て圭が隠して守ってくれたの。
バカだから…結婚もせずに罪悪感に苛まれてバカな妹を守り続けてくれたの。
何度言っても圭は離れてくれなくて。
ようやく離れたのはあたしが就職してからだから、4年前。
ずっと待たせてた麻美さんと挙式して。
嬉しかった。
自分のことみたいに嬉しかった。
圭が悩んであたしを守り続けてくれて、でも、詳しいことを知らないにも関わらず待ち続けてくれた麻美さんの存在が、あたしにはうらやましかった。
あたしには何もない。
バカなあたしが引き起こしたバカな事故。
自業自得なんだよね。
幸せになりたいなんておこがましいんだよね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そう話したナナは涙を一粒、手の上に落とした。
俄かに信じられなくて声がでない。
13歳のナナが?
女としてどれだけ辛かっただろう。
好きな男に抱かれるのと訳が違う。
大人が自己都合で性欲処理のために少女を利用した。
こんな…バカげた話があるか。
俺も話さなかった。
何かを話せばそこから全てこぼれ落ちて止まらなくなりそうで。
怖かったんだ。
ナナを失うことになったら、俺は俺じゃなくなりそうで。
隣に座る、凛とした彼女の中に潜む闇。
闇に喰われてしまわないように、何も話さなかった。
行き先はこの辺りじゃ1番豪華だって言われているホテル。
スイートがウン十万するような高級ホテル。
ここなら誰かに聞かれることもない。
そう考えた末に選んだ場所だった。
一瞬、怯えた様な表情を見せたナナだったけれど、手を差し伸べるとそっと握り返してくれた。
きっと、ナナの心の中は嵐だろう。
どれだけの勇気が必要だったのか。
後になってそれを考えたが、俺にはとても出来ることじゃなさそうだった。
黙ったまま俺の後について来たナナを先に部屋へ通す。
目の前に広がる夜景。
ガラス張りの部屋からは街が一望できる。
「ナナ。おいで。」
ガラスにへばりついて外を眺めていたナナがビクッと身体を強張らせた。
「大丈夫。俺はお前を嫌ったりしない。」
「圭に、きいたの?」
不安気な顔のナナの腕を引き、抱きしめる。
「いや、なにも。」
「何も?」
「あぁ。圭史さんが、ナナが言いたくない事を自分が言うわけにはいかないって。」
小さくそっか、と呟くとナナはソファにぽすっと力なく座った。
「今から話すこと、ホントの事だけど聞いたら忘れて。」
忘れて?
何故だ。
「でないと、翔太さんが他の女性を選んだ時にあたしが苦しいから。」
ナナが俺を名前で呼んだ。
いつも何度言っても“課長”って言ってたのに。
そして悲しそうな顔をして笑った。
「ナナ?」
「あたしね、13歳の時にレイプされたの。塾の先生に。」
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昔から大人びていたんだと思う。
背も高かったし胸もみんなより早く大っきくなった。
でもみんなが初潮を迎える中、なかなかこなくて。
いつかな、いつかなって待ちわびてた。
生理になったら大人の仲間入りってイメージだったの。
小6から進学塾に通ってて、そこの先生はカッコ良くて人気者で。
圭史の友達でね。
なにかと相談事してたんだ。
だからもちろん初潮がこないことも、恥ずかしいとか思わなくて相談してたの。
先生が何考えてるか知りもしないで。
ある日ね、先生が授業終わりにあたしに言ったの。
生理になりたい?初潮きたら嬉しい?って。
だから、うん、って答えた。
先生はじゃあ先生が生理がくるようにしてあげるよって。
神社の裏にね、連れていかれて。
最初はただ裸になるだけだった。
でも生理にはならない。当たり前よね。
それでまた先生に相談、先生はあたしの身体を最初は眺めてるだけで。どんどんエスカレートして愛撫が始まって。じゃあまたしようね、って。
ある時ね、先生が少しだけ痛くなるけど絶対に生理になるからってね。
いきなり入れてきたの。
避妊なんて勿論ない。
嫌で嫌で泣いた。
でも毎日毎日犯された。
怖いのに。嫌なのに。
13歳で25歳の男の人とセックスするなんて、今考えたらあり得ないのに。
先生に上手く言いくるめられて、バカなあたしは先生の言いなりだったの。
あたしの異変に気付いたのは圭だった。
塾の帰り道、探してくれたの。
その先生ね、あたしを犯しながら圭にこう言ったの。
淫乱女が毎日誘ってきて、ここで自分から裸になって、足開いて入れて入れてって頼むからしてやってるんだ、欲しがるのはこの淫乱女の方だって。
自分は悪くないんだって。
あたし、今でもその声覚えてる。
呆然と立ち竦む圭の表情も覚えてる。
その直後、圭がね、先生を殴って。
殴って殴られて。
訴えてやる!って圭が怒鳴ったらこう言ったの。
出来るもんならやってみろ。
一生地獄へ落ちてろ、淫乱女、って。
死にたかった。
圭を傷付けて。
自分がバカすぎて。
その後。半年くらいしてようやく初潮迎えて。
嬉しいどころか圭とふたり、ホッとしてた。
よかったな、初潮がまだで。
もし生理になってたら、間違いなく妊娠してた。
そう圭から言われて。
ほんと、あたしはバカ。
圭がね、ボロボロ泣くの。
刑事のくせにね、大切な妹を守れなかった、って。
親には言えなかった。
お父さんもお母さんもお店があって大変なのに、あたしのバカに付き合わせちゃダメだって思って。
全て圭が隠して守ってくれたの。
バカだから…結婚もせずに罪悪感に苛まれてバカな妹を守り続けてくれたの。
何度言っても圭は離れてくれなくて。
ようやく離れたのはあたしが就職してからだから、4年前。
ずっと待たせてた麻美さんと挙式して。
嬉しかった。
自分のことみたいに嬉しかった。
圭が悩んであたしを守り続けてくれて、でも、詳しいことを知らないにも関わらず待ち続けてくれた麻美さんの存在が、あたしにはうらやましかった。
あたしには何もない。
バカなあたしが引き起こしたバカな事故。
自業自得なんだよね。
幸せになりたいなんておこがましいんだよね。
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そう話したナナは涙を一粒、手の上に落とした。
俄かに信じられなくて声がでない。
13歳のナナが?
女としてどれだけ辛かっただろう。
好きな男に抱かれるのと訳が違う。
大人が自己都合で性欲処理のために少女を利用した。
こんな…バカげた話があるか。