秘密
*その4*
週末だというのに、あの後、何をするわけでもなく本当にちゃんとうちまで送ってくれた井村。
しかも嫌がることはしない、と言った通りその後は触れることもせずに帰って行った。
ーお前が俺を欲しいと思うまでは何もしない。ー
そう約束して。
「ただいまー。」
玄関を開けると驚いたことに兄の圭史が立っていた。
「圭!びっくりした!なんで?今日はこっち?」
「バカヤロ。真吾から連絡あったからわざわざ来たんだよ。」
兄の圭史とは一回り年が離れている。心配性の圭史が沢渡から何を聞いたのかは知らないが、わざわざ一人暮らしをしているマンションから実家に来てくれた。
ナナは嬉しくて堪らなかった。
「先輩ふざけてるんだよ!もう、迷惑甚だしいったら…」
パンプスを脱ぎ、うちに上がろうとしたナナに圭史は問いかける。
「さっきの男は彼氏か?」
「‼」
(見られてたんだ…)
「なかなかいい面構えの奴だったが。ま、お前が彼氏作る気になったのは進歩だな。褒めてやる。」
「…まだ彼氏じゃないよ。」
井村を彼氏と呼ぶには抵抗がある。
でもどうなんだろう。
お試しで付き合うなんて。
やっぱり軽く見られてるのかな。
「なんだそれ。遊ばれてんのか。」
「違う。逆。」
「ナナ、」
「圭、後でちゃんと話す。上がっていい?」
未だ玄関に居たナナは兄の問いを静止して部屋へ急いだ。
ジャージとTシャツに着替え、メイク落としで簡単にメイクを落としてリビングへと階段を降りる。
途中、圭史が待ち構えていて唖然とした。
「逃げたりしないからさ、お茶くらい飲ませてよ。」
「リビング、オヤジがいるから。お茶入れたら俺の部屋に来い。」
あーもう。めんどくさい人に話したなー、沢渡先輩。
お茶よりあったかいものがいいかなと思ったのでコーヒーを入れ、2階へと戻る。
一旦部屋に戻りスマホを取り、圭史の部屋をノックしてから入る。
「圭の分も入れてきた。コーヒーでよかったよね。」
ラグの上に胡座をかいて座って居た圭史が顔を上げた。
「ナナ、座れ。」
はいはい。
お説教かな。いや、尋問だね。
「さっきの奴、名前は?」
「井村 翔太。職場の直属の上司。課長だよ。」
「上司が部下に手を出してんのかよ。」
あー、そうなるのかな。
でもなんか違う気がする。
シスコン気味の兄の問いかけにひとつひとつ答えていく。
途中、井村からメールが届いた。
別れ際に携帯番号とアドレスを交換させられたのだ。
「何だって?」
メール内容まで言わなきゃなんないの?
無言でそういう態度をとるとまぁいい、とため息をつかれた。
過保護過ぎる兄。
過保護にならざるを得なかった兄。
父も母も知らない、兄妹だけの秘密。
それがナナを雁字搦めにしているのだ。
「圭、井村課長のことは先輩に聞いた方が早いよ。」
「真吾には聞いた。出世有望株らしいな。ただ、女関係がだらしないとも言ってたがな。」
「そうだね、否定はしないよ。ちょっと前まで受付嬢、その前は取引先の営業課のひと、その前は」
「もういい。で、なんでまた“お試し”なんだ?」
…それについてはこっちが聞きたい。
本人に問いただして欲しいくらいだ。
本物の刑事に尋問されたら、どうなるのかな、井村課長。
「ナナ。お前がそれをOKしたってことは、それなりに、感情を動かす何かがあったんだろ?」
…ないとは、言えないなぁ。
毎日の様に気が付いたら目が合う。
気配が必ずある。
それを不快に…思わなかったのは確かにそうだ。
「なんかね。男なんてみんな同じだ、って思ってたんだけど。課長は違うのかな、って少し…考えたの。
でも怖い。正直に言うと怖くて怖くて。信じて、信じたらまた同じ目にあうんじゃないか、って。」
膝を抱え込んで座るナナの肩に圭の手が触れた。
「ナナ、再び前に進もうとする時には必ず不安や恐怖が付き物なんだよ。
それをお前がどう受け入れるのか、奴がそれをどう理解してくれるのか。
それが大事なんだよ。
俺は今までもこれからもお前を守る。
兄としてだけじゃない。
いち刑事としてもだ。」
「過保護だね、圭。
…ありがと。でもね、課長は何か違う気がするから。」
心配性の兄に笑いかける。
なんだか、とても疲れた一日だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しかも嫌がることはしない、と言った通りその後は触れることもせずに帰って行った。
ーお前が俺を欲しいと思うまでは何もしない。ー
そう約束して。
「ただいまー。」
玄関を開けると驚いたことに兄の圭史が立っていた。
「圭!びっくりした!なんで?今日はこっち?」
「バカヤロ。真吾から連絡あったからわざわざ来たんだよ。」
兄の圭史とは一回り年が離れている。心配性の圭史が沢渡から何を聞いたのかは知らないが、わざわざ一人暮らしをしているマンションから実家に来てくれた。
ナナは嬉しくて堪らなかった。
「先輩ふざけてるんだよ!もう、迷惑甚だしいったら…」
パンプスを脱ぎ、うちに上がろうとしたナナに圭史は問いかける。
「さっきの男は彼氏か?」
「‼」
(見られてたんだ…)
「なかなかいい面構えの奴だったが。ま、お前が彼氏作る気になったのは進歩だな。褒めてやる。」
「…まだ彼氏じゃないよ。」
井村を彼氏と呼ぶには抵抗がある。
でもどうなんだろう。
お試しで付き合うなんて。
やっぱり軽く見られてるのかな。
「なんだそれ。遊ばれてんのか。」
「違う。逆。」
「ナナ、」
「圭、後でちゃんと話す。上がっていい?」
未だ玄関に居たナナは兄の問いを静止して部屋へ急いだ。
ジャージとTシャツに着替え、メイク落としで簡単にメイクを落としてリビングへと階段を降りる。
途中、圭史が待ち構えていて唖然とした。
「逃げたりしないからさ、お茶くらい飲ませてよ。」
「リビング、オヤジがいるから。お茶入れたら俺の部屋に来い。」
あーもう。めんどくさい人に話したなー、沢渡先輩。
お茶よりあったかいものがいいかなと思ったのでコーヒーを入れ、2階へと戻る。
一旦部屋に戻りスマホを取り、圭史の部屋をノックしてから入る。
「圭の分も入れてきた。コーヒーでよかったよね。」
ラグの上に胡座をかいて座って居た圭史が顔を上げた。
「ナナ、座れ。」
はいはい。
お説教かな。いや、尋問だね。
「さっきの奴、名前は?」
「井村 翔太。職場の直属の上司。課長だよ。」
「上司が部下に手を出してんのかよ。」
あー、そうなるのかな。
でもなんか違う気がする。
シスコン気味の兄の問いかけにひとつひとつ答えていく。
途中、井村からメールが届いた。
別れ際に携帯番号とアドレスを交換させられたのだ。
「何だって?」
メール内容まで言わなきゃなんないの?
無言でそういう態度をとるとまぁいい、とため息をつかれた。
過保護過ぎる兄。
過保護にならざるを得なかった兄。
父も母も知らない、兄妹だけの秘密。
それがナナを雁字搦めにしているのだ。
「圭、井村課長のことは先輩に聞いた方が早いよ。」
「真吾には聞いた。出世有望株らしいな。ただ、女関係がだらしないとも言ってたがな。」
「そうだね、否定はしないよ。ちょっと前まで受付嬢、その前は取引先の営業課のひと、その前は」
「もういい。で、なんでまた“お試し”なんだ?」
…それについてはこっちが聞きたい。
本人に問いただして欲しいくらいだ。
本物の刑事に尋問されたら、どうなるのかな、井村課長。
「ナナ。お前がそれをOKしたってことは、それなりに、感情を動かす何かがあったんだろ?」
…ないとは、言えないなぁ。
毎日の様に気が付いたら目が合う。
気配が必ずある。
それを不快に…思わなかったのは確かにそうだ。
「なんかね。男なんてみんな同じだ、って思ってたんだけど。課長は違うのかな、って少し…考えたの。
でも怖い。正直に言うと怖くて怖くて。信じて、信じたらまた同じ目にあうんじゃないか、って。」
膝を抱え込んで座るナナの肩に圭の手が触れた。
「ナナ、再び前に進もうとする時には必ず不安や恐怖が付き物なんだよ。
それをお前がどう受け入れるのか、奴がそれをどう理解してくれるのか。
それが大事なんだよ。
俺は今までもこれからもお前を守る。
兄としてだけじゃない。
いち刑事としてもだ。」
「過保護だね、圭。
…ありがと。でもね、課長は何か違う気がするから。」
心配性の兄に笑いかける。
なんだか、とても疲れた一日だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇