におい
鈴木くんのにおい
―すぅっっと、鼻から息を吸う。
口から鼻を両手で覆って、こっそり、においをかぐ。
日向の芝生で転げまわった犬みたいな、汚れたジャージの鈴木くん。
その様子だと、さっきの体育の授業はだいぶヤル気だしちゃったみたいだ。
生理痛を理由に見学でサボった私とは大違い。
天真爛漫って、鈴木くんのためにある言葉だ。
夏の体育は汗だくだ。汗をぬぐいながら、バカ話に顔全部で笑っている。
さっきまで、体育をサボってダルダルだった自分までも、生き生きしている鈴木くんを見ると唇が自然、弧を描いてしまう。
もちろん、覆った手のひらの下だけれど。
そうして今日も、鈴木くんを満喫し、もう一息、彼のにおいを感じようとした。
瞬間。
「須藤?大丈夫か?」
私の前の席の鈴木くんが、椅子をまたいで座って、私と正面切っていた。
同じクラスになってから一番近くの席になって一週間だけど、大して会話もしていなかった私に、鈴木くんが何故か話しかけてきた。
あまりのことに「へ?」と間抜けな返答しかできなかった。
「いや、体育休んでて、終わったと思ったら口押さえてるし・・・」
眉毛が下がってるよ、鈴木くん。それって、心配してる顔なの?
「っ、だ、大丈夫だよ!吐きたいわけじゃないから・・・」
焦って返した言葉に。鈴木くんは、自分の鼻を袖に擦り付けて、すんすんと鼻を鳴らした。
「・・・俺がくさいとかじゃ、ないよね?」
―ドッキーーン!
押さえたままだった手を外して、思いっきりかいでやった!!
「うん。大丈夫、ていうか、これ私の癖みたいなもんだから」
鋭いところを突いてきた鈴木くんだが、私の隠しに隠した片思いは、そうそうばれるわけがない。
自信たっぷりに堂々と答えた。
「顔隠すのが?」
傾げた首が文句なく可愛い鈴木くん。
ほころびそうになる口元をきゅっと締めた私に、鈴木くんは2つ目の爆弾を落とした。
「・・・へぇー、須藤、むっつりだね。見られたくない顔してんの?」
―バキューーーン!
なんて顔してやがる、鈴木くん。今一瞬、下がって無くなった目が、意地悪に光った気がする。
・・・いや、惚れた私の脳内で勝手に変換された妄想か?!
青くなったり、赤くなったり、とにかくどんな顔を、言葉を返していいかわからず、ようやく出た言葉はまるで図星。
「っ!そ、そんなことないっっ!!」
私の動揺が、机までも揺さぶってしまったのか、正面に座る鈴木くんの椅子を揺らし、体育から帰ったばかりの鈴木くんの汗がぽたりと落ちた。
「あ、ごめん、机汚しちゃった。」
机にこぼれた汗をそのまま指でぬぐう鈴木くん。
言う割には気にしてなさそうなその行動に、私はため息をこぼして鞄の中のティッシュを探した。
視線と片手を鞄に向けた瞬間、夏服でむき出しになった右腕をつぅっと撫でられて、私はガバリと身を起こした。
「ふぇろもんマーキング★」
目の前には天真爛漫な鈴木くんの笑顔。
「は、はぁっ?ちょ、ちょ、・・・えんがちょ返しっ!」
腹が立って、目の前の体操服に汗をなすりつけたものの、体操服も汗でびちょびちょだった・・・。
時限を告げるチャイムが鳴っても、鈴木くんは肩を震わせて笑いをこらえていた。
結局、先生の板書が黒板の半分を埋め尽くすまで、私は口元を両手で押さえたまま。
鈴木くんのにおいと、汗の感触と、自分の鼓動を思う存分感じた。