哀涙螺旋【1】



ポケットが震える。その振動のせいで、体中のズキズキ痛むところが尚一層熱を帯びてくる。

腕を持ち上げるのも億劫だけれど、この振動を無視すれば後が面倒くさい。


無理矢理ポケットに手を突っ込み、振動の止まないケータイに触れた。


ズキズキ痛む腕。ケータイをポケットから取りだし、投げ出された足の付け根の上(つまりは太股の上)にケータイを置きボタンを押す。


「ハロー、ボス」

『遅い』


開口一番に努めて明るく声を発したというのに、電話の相手の声色はかなり苛立った様子だ。

短気な奴め。



『仕事が終わったならさっさと帰ってこい。仕事増やすぞ』


「うっわお、それが健気に活動する部下に対しての言葉ですか。冷たい上司ですね」


『お前のどこが健気だ。むしろ腹黒だろ。つーか早く帰ってこいっつってんだろ』


「怪我してるんで無理です」

『お前なら這ってでも帰ってこれる』

「あ、いちおう信頼してくれてるんですね」

『やっぱ帰ってくんな』



言うだけいうと電話を切られた。うん、相変わらずツンツンした態度だ。

いつかデレてくれることを期待しよう。


はあ、うつ向いた態勢で溜め息をつく。首が痛い。



ぱちゃ、ぱちゃ



微かに聞こえる水音。それは降りやまない雨の音なんかじゃなく。



ぱちゃ、ぱちゃ、にゃあう



誰か…いや、「にゃあう」と云うことはきっと猫だ。

猫が、こっちに近づいてきている。
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