等心大〜tou・sin・dai〜
「彩、どうしたんだよ」

「別に」

答える言葉が見つからなくて
早足になる。


「お母さん、嬉しいんだよ」

「…」

「いいお母さんだな」



わかってるよ。

お母さんが
いいお母さんだってこと
友貴よりも
私が1番よくわかってる。


わかってるのに
やつ当たりした。

気持ちに余裕がないのは
寂しい証拠。
いつ友貴を失うかわからない不安。

友貴の子が産まれますように
祈りに似た不安。



「遅刻しちゃうよ。
 早く行こう」

友貴の顔も見ず
更に足を早めた。


「おい、あんまり急ぐと転ぶぞ」



どうして優しくするのよ。
だから私
友貴を離したくなくなるんじゃない。
怖くなるじゃない。
不安になるじゃない。



「ヒール低いから大丈夫」

「…まだ時間あるから
 ゆっくり歩こう」

「…」

「あ、俺一回家帰って
 ネクタイ替えた方がいいかな。
 外泊帰りなのバレるよな」

「…うん」

「彩は今日は休め」

「え?」

「疲れてんだよ。
 俺の部屋で寝てていいから」



つい家を出てきてしまったけど
本当は今日は休みだった。
友貴は察してるのかもしれない。


「じゃあ…そうする」

「よしっ」


ニカッと笑う友貴につられて
一緒に笑った。



涙を共有することより
笑顔を共有できることの方が
大切だと思う。


哀しいことは誰でも共感できる。
友達でも、親でも。



部屋につくと
友貴はワイシャツとネクタイを替えて会社へ向かった。



ベッドに横になると
友貴のにおいがする。

安心して
いつのまにか眠りにおちた。
< 112 / 150 >

この作品をシェア

pagetop