等心大〜tou・sin・dai〜
「悪いようにはしないよ」


なんだか頼りない言葉。
どういう意味なんだろう。



マンションの前には
すでにタクシーが来ていた。

「じゃあまた」

大川さんがそう言って
私の手に1万円札を握らせた。


「何これ」

ムッとした。
私が怒った顔をすると


「これはタクシー代。
 変な風に勘ぐるなよ」

と大川さんは優しく言った。


「余ったら好きなもの買って」

「お釣りは返すわ」

「じゃあ新しい服でも買って
 美しさに磨きかけて。
 僕のために」



あきれて
私の方が笑ってしまった。


「また連絡する」

そう言って
私はタクシーに乗り込んだ。



大川さんが
見えなくなるのを待って
ケータイを開くと
友貴からメールがきていた。


大川さんと寝ている時より
こういうときの方が
よっぽど罪悪感がある。



メールを開く。

『明日そっちに帰るよ。
 明日会えない?』



友貴が実家に帰ってたことすら
忘れていたことに気付く。



メールがきたのは昨日だが
まだ返信するには
時間的に早過ぎる。


仕事に行く前に
メールしておこう。



ケータイを閉じて
バッグに入れた。

かるく目を閉じると
眠気が襲ってくる。
昨夜はよく眠れなかったから
少し体がダルい。





今日の友貴からのお誘い、
どうしようか。


正直、
今夜は自分のベッドで
ゆっくり眠りたい。


そもそも
友貴とのこれからを
どうするのか。




―私は友貴を愛してるの?

愛してない、といえば嘘になる。
でも愛してるのか、といえば
即答できない。

たんなる倦怠期かもしれない。
でも、
愛が冷めてきたのかもしれない。



どうしよう。

大川さんとの将来も見えない。
そもそも「付き合おう」とも
言われてないのだ。


大人の男はいちいち
口に出さないのかもしれないけど
私にとって、そこは重要。




「着きましたよ」

タクシーはいつのまにか
自宅の前に停まっていた。
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