等心大〜tou・sin・dai〜
家につくと
ちょうど母が玄関に出てきた。



「あら、彩どうしたの?」

「…なにが?」

「マスカラ!
 目の下、真っ黒よ」




あぁ
さっき泣いたからだ。


「お父さんまだだから
 下でコーヒーでも飲んだら?」

「…そうしようかな」



洗面所で
手を洗いながら鏡を見ると
本当にパンダ目になっていた。


クレンジングコットンで
アイメイクだけ拭きとると
また手を洗い、
リビングへむかった。








「はい」

母が私に
コーヒーの入ったマグを手渡す。


「ありがと」


ひとくち飲むと
いつもの香りにホッとした。



「何があったか知らないけど
 マスカラで真っ黒なまま
 うちに帰ってこないでよ。
 心配するじゃない」


母が茶化すように言ったので
少し気持ちが軽くなった。



―お母さんてすごいな。

私がツライときも
幸せなときも
いつも同じ香りのコーヒーを
入れられるなんて。


幸せなときも
このコーヒーを飲んだ。

だからツライときも
それを思い出して
同じ香りにホッとする。




「魔法みたい」

私がそうつぶやくと
母は笑った。


「変な子ね」



―そう。

今日の私は変。
キモチがすごく不安定。




「お母さん、
 私が一生結婚しないで
 この家にいたらどう思う?」


母は微笑んだ。


「それはそれで、うれしいわよ。
 たった一人の娘だもの」


まぁ、予想通りの答えだ。



「じゃあ私が仕事に生きて
 海外で生活したら?」


母はちょっとだけ
考えていた。


「そうねぇ…寂しいけど…
 彩の決めたことなら
 どんなことでも応援するわよ」




―どんなことでも。

父は同棲を許すだろうか。

やっぱり
“先のない相手”と言って
怒るだろうか。
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