DECIMATION~選別の贄~
テーブルの上には叔母のお気に入りの茶器に注がれたお茶が一つだけ。
想次郎の席の向かいに叔母が座り、菜月は空いていた席に座る。
普段からテレビをつけることが少ない。
その時も勿論のことテレビやラジオの音一つない。
無音の重苦しい雰囲気で菜月は少しだけ息苦しさも感じていたのだった。
「……で、話ってなんだい?」
叔母の低い声が沈黙を破る。
想次郎はちらりと一目だけ菜月に目をやって話はじめるのだった。
机に両肘をついて、顔の前で手を組む。
「今日は2008年8月16日。あの日からちょうど七年の月日が経とうとしています」
死生感というのは国や宗教、学問等によって様々である。
死というものにも多くの種類があり、一般に死と言えば命が尽きることだけを指すが、その他の死もこの世界にははびこっている。
生物学的な死も、社会的な死も、脳死、肺臓死、心臓死などその臓器が停止していても他の臓器が生きているー活動しているーことだって死と言える。
「今日僕は一人で家庭裁判所に行ってきました」
では死んでいると確定したわけではないが、生きていることが証明できない場合とは法律上どう定義するのか。
例えば、災害や事件に巻き込まれるなどして行方が分からなくなった場合には、不在者の生死が七年間確認されないと『失踪届け』が受理され法律上の死亡が認められる。
菜月は想次郎がそれを言う前に跳び跳ねるように立ち上がった。
「一兄は生きてる!」
菜月の声が小さな部屋に寂しくこだました。
想次郎は顔色一つ変えていない。
いつもなら「行儀が悪い」と叱咤しそうな叔母も黙って俯いている。
「菜月座って」
「いや!だってそんなのおかしいよ、一兄はまだ死んでると決まったわけじゃないのに!!」
菜月の真剣な眼差しから想次郎は一瞬目をそらした。
そして目をつむりゆっくりと開いて菜月を見つめる。
「座って」
柔らかいけれど迷いのない声。
その声には逆らってはいけないと理解できた。
その声には想次郎の覚悟が見えた。
だから菜月はゆっくりとまた椅子に座った。
叔母はお茶を一口すする。
想次郎はそんな二人の姿を確認してからまた話始める。
「家裁はあの日から七年間の音信不通の状態と、捜索願いを出したにも関わらず情報の一つも出ていないことも踏まえ『失踪届け』を受理してくれた。
一樹はあの日に死んだんだ」
その一文字を聞いた途端に菜月は涙が止まらなくなった。
玄関からのすきま風が通ったのだろう。
ふすまの奥の菜月の部屋にあった机の上のチラシがゆっくりと床に落ちた。
「葬儀は行わない。
けど、明後日の休みに父さんと母さんの墓には報告に行こう」
結局叔母はこの時の話に関しては何も言葉を発しなかった。
菜月は声をあげながら机につっぷして泣き続けた。
袖は涙を吸い込んで、目が赤くなるほどに、小さな手を震わせて泣いた。
「これで良かったんだよな……一樹?」
想次郎は二人にも聞こえない声で無意識にそう溢していた。
想次郎もまた迷いの中にあったのかもしれない。
そんな迷いを振り払うように想次郎は一番先に居間を後にした。