DECIMATION~選別の贄~
その夜。
想次郎は二人に黙って家を抜け出し、駅から少し外れたビル街の一角を訪れていた。
暗い細い路地にはゴミが散乱し腐った匂いが充満している。
見渡す限りに怪しげな看板が軒を連ね、厳つい顔の男が客寄せをしている所もある。
「よお、遅かったな想次郎」
とあるビルの空き室に想次郎を待つ男がいた。
暗がりで顔はよく見えない。
だだっ広い部屋に、似つかわしくない大きなデスクが一つ。
その椅子に座り、体を前に傾けて両肘をついて手を組んでいる男の脇にはスーツとサングラスでいかにも怪しげな男が立っている。
「例の件はどうなった?」
重い口調。
想次郎は懐からゆっくりとある紙を取り出す。
そしてそれを見えるように広げてみせた。
「あなたの言う通り一樹の失踪宣言、確かに認められたよ」
想次郎のその言葉を聞いて、男は不敵に笑った。
「向こうもそろそろだったな?抜かるなよ?」
「分かっているさ。その為にこの10年間死ぬほどの努力をしてきたのだから」
「ふっ、健闘を祈るよ」
想次郎はゆっくりとその部屋を後にする。
隣のビルに灯りが灯り差し込む光でわずかに部屋が照らされる。
「これから始まるのは悲劇か、それとも喜劇かどっちだと思う?」
男は淡々とした口調で側近と思われる男にそう聞いた。
「これから始まるのが悲劇か喜劇かは分かりかねるが、あなた方の人生は紛れもなく悲劇だと言うことは分かる。
だからこそ私はあなたに今はついているわけだしね」
「……今は、ね。
これだから君は面白いよ」
男は立ち上がり、デスクの一番上の引き出しをゆっくりと開ける。
その中には三本の中身の入った試験管があった。
男はその中の一つを手にして光にさらした。
無色透明のそれに貼られたラベルには『name:D.』と書かれていた。
男はそれを愛しそうに愛でると、再び引き出しに戻して鍵をかけた。
それを自身の胸ポケットに入れる。
「時の運は果たしてどちらに傾くのかな?」
二年後、日本は震撼する。
報道によれば死傷者16万人、潜在的なものまで含めてしまうと30万人を越える被害者の出たその事件を後に我々はこう言い伝えることになる。
悲運多数死の選別『COAD:DECIMATION』と。