DECIMATION~選別の贄~
鈍色の雨雲、ぬかるむ泥、耳を打つ雨の音、ぼやけた視界の真ん中に映る人影。
「あぁ、またこの夢だ……」
その日、日本列島は北上しながら列島を横断する大型台風の影響で記録的な豪雨に見舞れていた。
カーテンの様に密集した雨粒が降りしきり、無造作にただ無造作に窓が叩かれて轟音を響かせている。
その音は単調に鼓膜を揺らし、どこか人々の頭から思考を掻きむしっていく。
「あれからもうすぐ七年か……」
中学生三年生にしてはあまりに大人っぽすぎる、薄紫を基調とした布団。その中から、少しまだあどけなさの残る面影の少女が目から上だけを出して天井を見つめていた。
白の天井がぐにゃりとぼやける。
雨音が耳のなかで永遠にリピートされるBGMの様で、起き上がることすら思い付かない。
微睡(まどろ)みにも似た思考停止状態に陥る。
「おーい、菜月(なつき)。飯できたぞ」
一度目の呼び掛けは本当に聞こえていなかった。
「おーい菜月、起きてるか?飯できたぞー」
二度目の呼び掛けは一度目の呼び掛けより、より大きな声量で、より部屋に近づいて発せられたものだったのでかき鳴らされる雨音の中でもかろうじて鼓膜を揺らした。
菜月は自分のお腹が鳴る音を微かに聞いた。
「…………お腹空いた」
菜月はゆっくりと身体を起こす。
畳の部屋。
在るのは薄紫を基調とした布団が一式と勉強机、そして小さな本棚だけの六畳一間。
菜月は枕と自重で圧迫されてぺったんこになった後ろの髪の毛を乱暴にわしわしと掻いた。
「ふあ~あ」
そして綺麗な顔立ちとしては実に勿体無い大きな欠伸をしてから立ち上がり、歩き始めるのだった。
菜月は七年前から兄の想次郎(そうじろう)と一緒に叔母である利子(としこ)に引き取られ生活をしていた。
母は幼い頃に病気で他界し、父はその後を追うように七年前のあの日。
今日の様に窓を叩く豪雨をともなった、大きな台風の日に三人の子どもを残し、自らの命を絶った。
菜月はその日、大切な家族を同時に二人失くしたのだった。
自ら死を選んだ父親、そして三兄弟の長兄である一樹(かずき)はその日行方をくらませた。警察は事件に巻き込まれた可能性が高いと想定し大規模な捜索が行われたが、とうとう一樹が見つかることはなかった。
そうして身寄りのなくなった三人のうち二人を引き取った利子は、それまで疎遠だったこともあるのか二人にきつく当たることも少なくはなかった。
だから菜月は未だにこの家で「ただいま」を言ったことがなかった。
「よし……」
菜月は少し面倒くさそうに襖を開けるのだった。