DECIMATION~選別の贄~
その夜、東谷はある3つのカルテを見つめていた。
デスクの上には心理学の書籍が綺麗に並び、その中には外国語で書かれた物も混じっている。
整理されたデスクには筆記用具と湯気のたつコーヒー、そして読みかけの雑誌が無造作に置かれていた。
「吉岡 想次郎くん……」
手にしたカルテを小さな声で読み返していく。
クライエントの前では決して見せない鋭い視線がカルテを撫でていく。
背中にある掛け時計が針の音をちらつかせても東谷の瞳は揺るがない。
「面白い子だ……清純そうな外見の中にはいったい何を隠しているのかな?」
東谷はそう呟いて想次郎のカルテを横に置いた。
東谷は一口、砂糖もミルクも入れられていないコーヒーを口に含んだ。
東谷はコーヒーに凝っていて自家焙煎したコーヒーしか口にしない。
その日のコーヒーの味は一口含んだ後の表情に無意識に表れる。
薫り、味、苦み、ほのかな酸味、甘味そしてそのバランス。
東谷は右の広角をほんの少し上げた。今日のコーヒーは満足のあく出来となったようだ。
「さて、こちらも大変興味深い」
東谷は菜月のカルテを手に取りまじまじと見つめる。
その瞳は何処か狂気にも満ちている様でもある。
「診療内科を始め精神疾患に関係する病院及びカウンセリングルームへの通院歴はなし。
しかしそれは妙なことだ」
東谷はカルテを放り、回転椅子を勢い良く一回転と四分の一させて窓を見た。
暗い景色の外れで金色の月が今にも雲に飲み込まれようとしている。
「いやいや実に愉しい。
こんな気持ちはあの日以来かな」
その部屋の明かりは深夜2時過ぎまでこうこうと輝き、静まる街に溶け込むように消えた。