DECIMATION~選別の贄~

シャワーの水が弾ける音、静かに赤く染まった水が排水溝に吸い込まれていく。

「んんー、んー」

カスミは橋場の血を洗い流しながら表情一つ変えずに、鼻唄を歌いながらシャワーを浴びている。

橋場の横たわる寝室では無機質な電子音が響いていた。

「あーあ、また血の臭いが染み付いちゃったわ。

私の美しい髪が台無し。今回の報酬はあんまり期待できそうにないしなぁ。

はぁ、割りに合わない仕事ね」

髪を両手で優しく絞る血が薄まり、わずかに認識できるほどのピンク色の水が滴っていく。

軽快な音と共にシャワーが止まる。

カスミは横にかけていたバスローブを羽織ってシャワールームから出る。

『ピピピピピ……』

その時、カスミの携帯が鳴った。

「はい」

カスミは人を殺した後だと言うのに悠長にその死体のある家で電話に出る。

「カスミ今何処だ?」

「ターゲットの家だけどなに?」

カスミの声の調子が変わる。

想定していた人物と違っていたらしい。

「お前な、仕事終わりでシャワー浴びたいのも分かるが、そのターゲットの家の風呂を拝借する癖止めろ。

万が一にも客でも来たらどうする気だ」

携帯から聞こえる叱咤にカスミは携帯を耳から遠ざけてやり過ごす。

そして自分の用件の時にだけ耳に当てる。

「ねぇ、どうして報告の相手はアンタなの?

私はせめて仕事を終えた後くらいボスに誉めてもらいたいのに」

カスミはよほど不服なのだろう、低い声で小さくそう言った。

電話越しの相手もこの会話に慣れているのだろう、問答の余地もなく言い放つ。

「ボスは忙しい。

オレら末端は見返りは求めずただ彼の意思のままに動く手足であれば良い」

「そんなこと分かってるもん……」

恋人に駄々をこねる少女のような声で呟く。

「ボスに褒美は貰えないだろうが、うちらはちゃんとお前の帰りを待ってるよ。

だからさっさと"後始末"して帰ってこい」

「うん、ありがとシーク」

かけていたは通話を切り、化粧ポーチを取り出すと手早くメイクをした。

バスローブを剥ぎ取り、衣服を身につける。


そして腕時計を左手につけながら時間を確認した。

「ジャストね」

そう言って笑うと、堂々と玄関から出ていくカスミ。

真夜中の郊外には人の影もなく、冷酷な殺人鬼は悠々と闇に還っていった。

それからほどなくして橋場邸の寝室から煙があがった。

寝静まった街は不自然な光と煙に気づくまでに時間がかかり、発火から消防車が到着するまでに一時間が経過していた。

橋場邸は地下室を除いて全焼。

その焼け跡からはベッドに横たわる男性の遺体が発見された。



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