DECIMATION~選別の贄~

三人のうち二人は利子によって引き取られたが、一樹は父親の自殺と同時に行方をくらませ、当時まだ小学二年生だった菜月は一度に失った大切な存在に塞ぎこんでしまった。

それを傍らで支え続けたくれたのは想次郎だった。そんな優しく頼れる想次郎を菜月は誰よりも大切に思っている。

一樹は警察や近隣住民の懸命の捜索もむなしく、その所在どころかどこかに向かった形跡すら見つからず、本人からの連絡も一切なく。生きているのか、それとも死んでいるのかすらも分からない状態のまま七年の月日が過ぎようとしていた。

リビングにはいつも通りの質素な朝食が広がっていた。

使い古された大皿に焼いたウインナーとスクランブルエッグ、それらが大きくちぎられたレタスの上に無造作に置かれている。おかずはそれのみで、あとはご飯と長ネギを刻んで入れた質素な味噌汁と、お新香だけ。

今日日(きょうび)の中学生の朝食にしてはあまりにも魅力が感じられない。

「うっはー、美味しそうだね想兄(そうにい)」

しかし菜月にとってはそれもご馳走。空腹は最高のスパイスでありご飯の共と言われる。しかし、なにより大好きな想次郎が大学に向かう前に作った朝食である、不味いわけがないのだ。

菜月はくりくりの目をキラキラと輝かせながら椅子に座る。その一部始終を見ていた想次郎が微笑んでいた。

「おはよう菜月」

想次郎は今大学の三年生でまさに就活戦争の真っ只中にいた。

今日は本来であればとある会社の二次面接があったのだが、この台風で延期になっていた。そして来週にも大手保険商社の面接と、最大手である日本電力の二次面接を控えている。

菜月は想次郎が何気なくする、机に頬杖をついて少しぼーっとどこかを眺めている仕草が好きだった。

その横顔を見ているだけで安らぎすら感じる。

「おはよー、想兄。
朝からほんとイケメンだね」

菜月は自分の跳ね放題の髪を手櫛でとかしながら、寝癖ひとつない完璧な準備をしている兄の顔見て言う。

「ははは、なんだそりゃ。
ありがと」

想次郎は自分のルックスが人より良いなどとは思っていないが、実の妹がイケメンだと言うのも無理はない。

想次郎は男らしいとは言い難いが顔立ちは整い、女の子の様に可愛いわけではないが、かといって濃すぎず薄すぎず世間の大半がイケメンと認めるであろう容姿をしていた。

現に街を歩くと度々ファッション雑誌に取り上げられたり、芸能事務所のオファーと声をかけられたこともある。

菜月はある程度自分の納得するまで手櫛をすると箸を持った。そのまま箸を伸ばそうとすると「いただきますは?」と想次郎に笑顔で一括される。

菜月はしぶしぶと伸ばした箸を引っ込めて、箸を人差し指と中指で挟む形で手を合わせる。

「いただきます」

「はい、ゆっくりおあがり」

がつがつと豪快に、質素な朝食をかきこんでいく妹を見ながら想次郎は笑っていた。

「それでは続いてのニュースです……
帝国大学脳神経学科の助教授である高崎(たかさき)氏が近年増えている脳死患者の臓器提供に関する論文を公表しました」

いつもテレビは朝食の時にはつけないのだが、台風情報を少しでも早く得たいが為にこの日は朝食の最中もテレビがつけられていた。

想次郎は机に頬杖をつきながら、集まった記者に囲まれ、目も眩みそうなほどのフラッシュの中で雄弁に話すその男の姿を見つめていた。

「……?
想兄どうしたの?」

想次郎の普段とは異なる様子に気付いた菜月がそう尋ねると、想次郎は少し驚いた様な顔をしてからいつもの笑顔を取り繕うのだった。

「何でもないよ。
それより菜月、おかわりは?」

想次郎はそう言って菜月の空になった茶碗を手に持つ。

「大盛りで!」

「はいはい。
それから右のほっぺにご飯粒ついてるから取りなよ」

菜月は少しだけキョトンとして少し恥ずかしそうに頬についた米粒を取った。

想次郎は優しく笑いながら大盛りのご飯をよそうのだった。

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