DECIMATION~選別の贄~
「本題に入ってくれ」
低く威厳ある声で東谷がそう言うと、波田は一般には公開されていない捜査資料を取り出す。
その犯人の顔に東谷は見覚えがあった。
東谷はごく自然な質問を投げ掛ける。
「これは先日の連続模倣ピエロ殺人の引き金となったカフェで人を撃ち殺し自殺した犯人だったね。
あの事件は突発的な殺人衝動による犯行で被害者との面識もなく、犯人はその場で自殺。事件は終わったはずでは?」
波田は用意した資料を開きながら小さな声で言う。
「確かにあの事件は終わったのでしょう。犯行の二週間前に犯人は会社をリストラされ、その怒りを打ち明ける親族や友達もいなかった。
慰めを求めてネットの掲示板で呟けば、不甲斐なさを責め立てられ、炎上に近いバッシングの荒らしにさらされ絶望。
そして闇サイトで拳銃を入手、犯行に至り、責任逃れで自殺した」
三枚目で波田の手が止まる。
そこには模倣犯による事件のおおまかな内容が書かれていた。
「それは一般人でもすでに知っていることで、私は何をプロファイリングしたら良いのだね?
こんな事件を起こす人間はこんな性格、生活環境、文化背景を持っていると言っても、そんなのはこの犯人の知人にでも聞けばより正確な情報が得られるだろう」
波田は真剣な表情で資料のある部分をを指差す。
「D……?」
それは犯人の押収物の写真の中の一つだった。
携帯の画面はメモやメールの書き込みの途中のようで、ただ一文字「D」と打たれている。
次のページをめくる。
するとそこにもまた携帯に「D」のたった一文字だけが打たれている写真が数枚載っていた。
「最初の事件を除いた模倣ピエロの所有していた携帯の画面には必ずこの「D」の文字が打たれていたのです。
一件や二件ならば我々も、犯行声明や遺書のような文章を打とうとした時の誤入力とも考えたが、全ての事件となるとこれらの事件には関連があることは明らか。
更に警察がこのことに気付かないわけがなく、明らかに私達が気付くことを承知した上でのメッセージでありましょう」
波田は勢いよく資料を閉じる。
「これは我々警察組織への挑戦状であり、この事件は必ず次の事件を呼ぶでしょう。
更なる事件を起こさせてはならない!その為の努力はする、だがしかし現時点での情報は少な過ぎる。
そこで今後もしも次なる事件が起きた時には、この事件を裏で操る真犯人のプロファイリングをして頂きたく思っています」
波田はテーブルに頭を擦り付ける。
安岡もそんな波田を見てすぐに頭を下げた。
「…………
事情は分かった。だがしかし現時点で情報が少なすぎるのはこちらも同じ、今のところ私はお役にたてなさそうだ」
安岡は頭を下げながら波田の表情を横目に見ていた。
波田はまるでそこに東谷がいるかのように、真っ直ぐに視線を落とし続けている。
「まずは基本的な捜査だが彼らが模倣をする際にマスメディア以外で必ず情報を共有したはずだ。
ネットのアングラサイトなのか、一種の新興宗教の集会でか。
警察に堂々とメッセージを残す犯人がそれらの証拠を残すわけもないが、それでもまずはあらっていくしかないだろうね」
東谷の声は深く低く耳をつく。
「骨の折れる作業が続くだろうが警察の意地の見せどころ。日本の警察がいかに優秀でいかに粘着質か思いしらせてあげると良い。
その中で犯人像に迫る、もう少し手がかりが出てきた時には喜んで力になるよ」
波田は目を見開いた。
そして素早く顔を上げて一瞬東谷の顔を見つめるとまた深々と頭を下げるのだった。
「ありがとうございます!」
安岡は顔を上げた時の東谷の笑顔が深く印象に残った。
刻まれた皺までが優しく語りかけるような表情に安心したのかもしれない。
「では、午後のカウンセリングが始まります。
また後ほど」
東谷はゆっくりと立ち上がると手をさしのべた。
波田は立ち上がるとその手を握り返し、それに続いて安岡も慌ただしく立ち上がった。
「はい、ありがとうございます東谷先生。
ではまた」
「し、失礼します!」
二人は頭を再三下げて休憩室を後にした。