DECIMATION~選別の贄~
橋場弁護士宅全焼事件から三週間後。
殺人ピエロの騒動を人々が忘れ去ろうとしていた時、更なる恐怖が人々に迫ろうとしていた。
「そーいや、ばあちゃま最近見ねぐなっちまったな」
「んー?そういやそだなあ。」
訛りのきつい会話。
質素な食卓に並ぶのはほとんどがこの還暦を迎えた夫婦が自家栽培した米や野菜だ。
「まっさか、一人でくたばってんじゃねえべな?」
「あのばあちゃまがか?」
その一人目となる犠牲者は過疎化の進んだ山奥の集落の年老いた女性であった。その
ことを世間が認知するのは、彼女の肉体が腐敗し白骨化してしまったのが見つかるはるか後のことであった。
「あんた見てこいよぉ」
「あー・・・んだなぁ。
ならちょこっと様子見に行ってくっべか」
農作業中に痛めた腰を右手で支えながら立ち上がった痩せた夫が、村で唯一明治時代を生きた女性の安否を確認しに家を出た。
なだらかな獣道のような坂道を上っていくと雑草がのびのびと手を広げる広い敷地にぽつんと小屋のような一軒家がたっている。
「なんだ、ばあちゃま居るでねか」
軒先に無造作に置かれたキャリーバッグを見てそう呟いた。
それは足腰が弱くなった老人の為に村人たちが三年ほど前に贈ったものであった。
「おーい、ばっちゃま。
ばっちゃま起きてっが?」
その後の検死で白骨化した彼女の肉体からは全ての臓器が切り取られ奪われていることが推測された。
無残に辱められた遺体は村人達の手で村の墓場に埋められることになる。
「あいがわらず加齢臭がひでえもんだな」
あからさまに鼻をつまんで家の中に入っていく。
玄関との仕切りも何もない一間だけの家、土間を進んでいくと便所と風呂、台所だけがあった。
玄関に入るといつもその女性が座っていたお気に入りのむらさきの座布団。
体調が優れない時には奥の敷きっぱなしの布団から顔を見せた人情味溢れる老婆の姿は見られなかった。
「ばあちゃま?居ねのが?」
靴を脱ぎ部屋に入ると普段と違う強烈な汚臭が鼻をついた。
「うえ、なんだこれ。
おい、ばあちゃま居たら返事しろ」
便所、風呂、台所、軒先。
くまなく探したがその姿は見つけることができなかった。
最後にただなんとなく気になって掛け布団を持ち上げた。
「うえっ、ばあちゃま!
おい、ばあちゃま」
布団に寝そべったまま放置されたのだろう。
腐敗して溶けた体細胞が染み付いてしまったふとんの上にはまるで意図的に並べたかのように死後硬直してしまった体位そのままで骨が並んでいた。
「うわあああ!!
誰か、誰か警察呼べ!!誰か!!」
男の悲痛な叫び声が村中に響き渡り、直ぐさま妻によって警察に連絡が入る。
すぐに村へと向かった警察のパトカーが村についたのは連絡から1時間後のことだった。
この事件をきっかけに老若男女を問わず死体から臓器を切り取り奪っていく残忍な事件が、連続して始まろうとしていたのだった。