DECIMATION~選別の贄~

その時、奥の間からこれ見よがしのため息を吐きながら利子がリビングに入ってきた。

「かぁ、朝からテレビ横流しに朝食とは良いご身分だねぇ」

中肉中背、最近になって少し出てきた腹回り。短めの髪からは白髪染めでも隠せていない白髪がのぞいている。利子は二人の母親の姉に当たるが、写真で見た母親とはあまり似ていない。

穏やかな母親とは正反対な利子の顔。そして威嚇をするような低い声が菜月はどうしても好きになれなかった。

その声が聞こえた途端に、にこやかだった想次郎の顔はひきつり、菜月は肩をすぼめた。

想次郎は菜月のおかわりを盛ると、すぐさまリモコンのスイッチでテレビを消した。

「利子おばさん、おはようございます」

にこやかに挨拶をする想次郎を利子はしばらく睨むように見ていたが、ぼそりとつぶやいてからご飯をよそうように催促をする。

「相変わらず能面みたいな面しやがって……気に食わない
飯!」

「はい」

利子は菜月の向かい側、今まで想次郎がにこやかに頬杖をついていた席にどかっと座った。

そしてただ朝食を食べているだけの中学生を睨むように見つめる。

思いがけない対面者に一瞬縮こまった菜月だったが、そこは流石の成長期というところか、ただ単に有り余る食欲に逆らえないだけのかご飯を掻きこみ続けている。

「利子おばさん、どうぞ」

「…………」

想次郎は利子によそったご飯を渡す。

なにも言わずにご飯の盛られた茶碗を受け取り、箸を取る利子。

いつもはまだこの時間には利子が目を醒ますことは少ない。今日はこれだけの豪雨に弾ける音がしている。気持ちよく寝入るにはいささか難儀するのも致し方ないことだったのだろう。

白髪混じりのショートヘア、目はつり上がり、化粧をすると紫のアイシャドーを塗りたくってより一層眼力が増す。

「……菜月あんたは朝起きて挨拶の一つもできないのかい?」

そう言って利子は急に箸を置いた。鋭い眼光が菜月を見つめている。

「あっ……忘れていました。
利子おばさんおはようございます。ご飯美味しいですね」

菜月は精一杯の笑顔を作っていたつもりだったが、その表情筋はピクリとも動いていなかった。

そんな菜月を見て利子は口をへの字に曲げる。

「……かーっ。
変な子だよ」

利子は乱暴に箸をつかみ取るとぶつぶつと不平を垂れ流しながら、スクランブルエッグに箸を伸ばすのであった。

親類の叔父に聞いた話では、利子はもともと菜月と想次郎の家族とは疎遠だったようだ。中でも二人の母親である花菜子(かなこ)とは、あることをきっかけに喧嘩別れをしていたらしい。

その原因は母親も利子も話そうとはしなかったので二人は知らないが、そのやり場のなくなった想いが二人に回り回って来ているようにも感じられる。

「あんた就職活動はどうなってるんだい?
20歳越えてプー太郎なんて勘弁しておくれよ?ちゃんと稼いで、身寄りのないあんたたち兄弟を育ててやった私に恩返ししておくれよ」

利子は元々穏やかな性格ではいのであろうが、特に想次郎に対しての当たりが厳しい。その理由は男子ということもあるだろうが、何より花菜子に顔が似ていたからであろう。

菜月も勿論面影がないわけではない。ただ菜月はまだ幼かったし、あまりにも利子とは性格がずれていて怒りの矛先に向かなかったのかもしれない。

「今日予定していた二社は延期になりましたが、来週に二社の面接に行ってきます」

「そうかい、で?どこだい?」

想次郎は利子のありきたりのような質問に視線を落とし、そして力なく言うのだった。

「今のところ手応えというか、面接を担当されていた方に声をかけてもらえたのは日本電力です」

「……日電!?」

利子はその会社名を聞いた途端に形相を変えて怒鳴った。

「あんな殺人集団の下で働くだって!?あんたはどうしてそんな恩を仇で返す様な真似しかできないんだい!!
あー嫌だ嫌だ。うちの家系にまさか殺人集団に成り下がる者がいるとは、寒気がするよ」

利子がそう言うのには理由があった。

日本電力は日本有数の大手電力会社であることに間違いはない。ただ原子力発電を会社を上げて推進している電力会社としても知られていた。

「利子おばさん。原子力発電は確かに危険も伴うけど、きちんとした管理の下であれば、僕たちの生活を支える電力を安定して作り出すことができるんだよ」

「おだまり!
あーあんなやつらのことを考えたら飯が不味くなる。お茶持ってきな、早くするんだよ!」

想次郎は滅多なことでは感情を露(あらわ)にしたりしない。特に人に対して怒りの感情を向けることはほとんどなく、横で聞いていた菜月もびくっと肩を震わせていた。

そんな穏やかな性格の想次郎ではあったが、自分の第一志望である会社を無下(むげ)にされては別だ。

「……想兄」

その時、握りしめた拳を自覚したのと同時くらいに菜月の声がして想次郎ははっと我に返る。そして感情を押し殺すようにして長い息を一息ついた。

菜月は少しうるんだ目で想次郎を見つめていた。
 
「わたしもお茶ちょうだい?」

「……ああ」

想次郎は茶器を2つとって、急須(きゅうす)に茶葉と熱湯を注いだ。

急須の注ぎ口から白い線のような湯気があがって、ほのかに甘さのある緑茶の臭いが、想次郎の鼻をくすぐった。
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