DECIMATION~選別の贄~
愛知県内には珍しいホビーショップ。
所謂オタク達が集うその店に櫛田の姿があった。
櫛田はスーツ姿のままであったがなんともわざとらしいマスクで顔を隠し、ビルの1と2階を占める店内へとコソコソと入っていった。
「いらっしゃいませ」
レジにいた店員の声にほんの少しの会釈をして逃げるように店内奥に進もうとした時だった。
「あれ?一政くん?」
会社から支給されたエプロン姿がなんとも似合わない大柄な店員が櫛田を呼び止めた。
スポーツ刈りにムキムキの筋肉に身を包むシルエットとは裏腹にくっきり二重の可愛らしい目元をした店員の名札には緑色のマジックで「こうちゃん」と書かれていた。
「やっぱり一政くんじゃん。何こそこそしてんの?」
でかい手に肩をしっかりと掴まれてしまっては、とても健康的とは言えない痩せ細った櫛田では振り切って進むことも叶わない。
櫛田は観念して振り返る。
「あー・・・浩二先輩お久しぶりです」
「おう!なに風邪引いてんのそのマスク?」
櫛田は馬鹿らしい変装だと自覚しながらも付けていたマスクで素直に心配されそうになり、恥ずかしさで頭がおかしくなりそうになった。
耳にかけたゴムが引きちぎれんばかりに無理やり外すとスーツのポケットに直ぐさま詰め込んだ。
「え、もしかして今の変装だったの?
・・・まあ、元気そうで何よりだよ」
「だーもう」
「てかあれ?もう社会人になったんだからフィギュアは卒業しますって大学の卒業式で言ってて、一時離れるもコレクションを手放すこともできず。
それから事あるごとにウチの店を訪れて、その度に今日で最後と言って現在もコレクションが好評拡大中の一政くん。
さて・・・・今日はどんな御用で?」
そう悪戯に笑う男を見て櫛田はくったくのない顔で笑った。
「ホント浩二先輩には敵いませんねぇ。
東大法学部を主席で卒業してアニメショップの一店員してるのなんて日本中探しても先輩くらいなもんですよ。まったく宝の持ち腐れにもほどがある」
言葉はトゲトゲしているのかもしれないが、会社にいるときには決して聞くことのできない柔らかな口調。
「あそこは学歴をもらいに仕方なく行っただけだから。
俺は地方に引っ越してまでここで働いて好きな仲間達とオタクライフ送っていることに何の後悔も感じたことないし、疑問に思ったことも一度もないよ」
浩二は目の前の韓流DVDの棚の一つに上下逆になったDVDを見つけてそれを綺麗に陳列しなおす。
「言ってることは格好いいのかも知れないけどそんなの負け組の思考ですよ。良い仕事に就いたら良い給料もらって好きなもんが際限なく買えて、それで・・・それで」
櫛田は言葉に詰まってしまう。
「・・・疑問感じてるんじゃないの?
後悔しそうになる自分と葛藤しながら過ごす日々が一政くんにとって本当の幸せなのかい?」
心に浮かんで口を閉ざしたことをそのまま聞かれてしまった。
櫛田は無意識に右手を口元に持っていく。
「そのクセもあのころのままなんだねぇ」
これまで笑顔だった表所が一変、櫛田のその仕草を見た瞬間にどこか切なげになった。
そして優しく笑う。
「ストレスを吐き出す方法なんて千差万別なんだから一政くんはフィギュアを集めること。それで良いと俺は思うよ。
ごゆっくりご覧くださいませ、お客様」
浩二はそういってお辞儀をしてまたレジへと戻っていった。
「分かってる、分かってるよ。
でもそれは世間は全然理解してくれないじゃないか・・・」
浩二はとぼとぼと2階に上がっていく櫛田の姿をレジの奥からそっと見送っていたのだった。