DECIMATION~選別の贄~
今日の会議は新しい会社との契約を結ぶための大切なプレゼンとなる場であった。
それだけに櫛田の入れていた熱も凄い。
そして不安も相応に大きく膨れ上がっていたのだ。
「……ちっ、分かってるよ。
今のは完全に俺が他人に当たっただけだ。でもあの女勝手な判断で動くなんて3年早いだろ。くそっ」
会議までの時間に櫛田はあの店を訪れていた。
「いらっしゃ…」
店員の声が途中で止まる。
浩二は櫛田を見てすぐに分かった。
「あんな顔見るのは大学のサークルぶりかな。
頑張れ一政くん」
いつも見ていた背中じゃなかった。
戦いに望む武者にも重なるその背中に浩二は人知れず激励を贈った。
一時間して櫛田が店内から出てきた。
その手には紙袋いっぱいの戦利品が、溢れだそうとしている。
「さ、さすがに買いすぎた。
だがこれも今からのプレゼン成功の前祝いだと思ったら安い安い。
思いしれクズどもこの俺が精根つぎ込んで練り上げたプレゼンだ!おれはこの企画にかけてんだよ!!」
買い物で不安は減った。
紛れていくネガティブな思考回路の奥に残ったのは、一押しの勇気で回り出す覚悟の歯車。
人目も気にせず握りしめた拳と声がその歯車をゆっくりと回していく。
「あれ、櫛田さん?」
その時、後ろから聞きなれた声がした。
櫛田はゆっくり振り返り、胸の真ん中がズキッと傷んだ。
「あ、やっぱり櫛田さんだ。おつかれさまです。
……ってあれ?櫛田さんこれから大事な会議じゃなかったでしたっけ?」
さっき散々人前で怒鳴られて屈辱的な仕打ちを受けたのに、普段と、誰に対しても変わらぬ笑顔で佐竹は笑いかけていた。
これには櫛田もすぐに声が出なかった。
「その袋……」
佐竹は櫛田の手に握られた、フイギュアのパッケージが顔を出す紙袋を指差す。
櫛田は反射的にその紙袋を自分の背中に隠していた。
「これは、その従兄弟が買ってこいって……」
分かりやすい嘘。
佐竹は少しの間、櫛田のことをじっと見つめていた。
そして飛び掛かるように接近して紙袋の中身をまじまじと見る。
「あー!やっぱり!!
プリティー・プリンセスの来夢ちゃんのフイギュアだぁ!それに護テンの虎太朗くんに七宝ちゃんまで!!」
いつもに増した甲高い声が、物凄い近くで響いていることを櫛田が理解するのに少し時間がかかった。
「わー、お目が高いなぁ櫛田さん。
あ、これってクジのやつだ。ってなに二等の来夢ちゃんの目覚ましボイス付きエロエロ掛け時計当ててるんですか!神ですか!?」
そんな櫛田を周回遅れくらい取り残して佐竹のテンションはどんどん上がっていく。
ようやく櫛田の思考回路が追い付いて、真っ先に彼の取った行動は女性との物理的距離を適切な間隔まで広めることだった。
櫛田は女性経験が全くなく、異性と手の触れあう距離で接したことがほとんどなかったのだ。
「えっ、あ、これは……」
顔を俯いてしどろもどろになる櫛田。
佐竹は優しく微笑みかける。
「櫛田さんもアニメ好きだったんですね。なんか私ちょっぴり安心しちゃいました」
「おれ……も?」
具体的な質問ではなかったが、佐竹はにっこりと頷いた。
その時、櫛田の顔が綻ぶのを彼女は初めて見た。
「さっきの雄叫び聞いて尚更反省しました。それと同時に櫛田さんのこと尊敬しました。
今日の会議が成功すること願ってますね」
軽くお辞儀をして町のなかに溶け込むその姿に櫛田は見とれていた。
なびく茶色の髪が少しだけ沈み始めた太陽の光を弾いて、輝いていた。