DECIMATION~選別の贄~
降りしきる雨が傘もささない男の身体を流れていく。
右手の爪を出血するほどに噛みちぎりながらがたがたと震えている。
家を出るときにはぼさぼさだった髪は雨粒に押しつぶされてべっとりと頭部に張り付いて、雫を重力に従って滴らせている。
「クソ、クソ、クソだ・・・こんな世界」
企画会議の席、意気揚々と参加した櫛田の表情は会議の開始6分で凍りついた。
自らが企画したプロジェクト、最難関と言われていた先方を口説き落としたそのプロジェクトから急に下ろされてしまったのだ。
それどころかその責任は後輩である三浦に引き継がれ、精根つぎ込んだ企画の手柄を全て奪い取られてしまったおであった。
絶望と憤怒のみが体中に蔓延して、それはすぐに飽和状態となり櫛田は指から血を流していたのだ。
「殺してやる、あの糞みたいな寄生虫も。
糞みたいな無能な社長も全部全部、全部!皆殺しにしてやるよ!!」
土砂降りの雨の中で物騒な言葉を叫ぶ男を見て通行人たちはできるだけ離れた場所を通過して走っていく。
その時、何かの影が視界に写って櫛田は叫ぶのをやめた。
見上げると淡いピンクの傘の内側にいた。
「・・・え?」
振り返ったそこで誰もが避けて通っていった自分に微笑んでいたのは、これまでそれといった理由もなく叱責してきた若い女性だった。
「あんた・・・なんで」
佐竹は肩にかけていた鞄から有名なマスコットのタオルを取り出してびしょ濡れの櫛田に差し出した。
そして笑いながら言う。
「だって、顔見知りが雨に打たれてるのに放っておけるわけないじゃないですか」
受け取ったタオルから目の前の女の香りがした。
頭を拭きながら意識しないようにしてもその香りが鼻を刺激して、今まで意識したこともなかった胸の奥の端っこがズキズキと疼いた。
「私の家ここからすぐなんです。スウェットくらいしかないですけど、このままじゃ風邪ひいちゃいますから」
その時の櫛田の頭の中は真っ白で断ることもできずに、揺れる茶色の髪を見ながら歩いて行った。