DECIMATION~選別の贄~
「ただいまー」
女の独り暮らしにしては少し広い2DKの間取りのマンション。
帰ってきた声の主は真っ先に洗面台へと向かっていく。
水が白くなるほどの勢いで蛇口を捻って、音をたてながら排水溝に流れ込んでいく。
「……取れない」
ごしごしと手を擦り何かを必死で取ろうとしている。
その手は水で洗いすぎたが故の乾燥と、擦り落とすときの摩擦とでガサガサになり、赤くなっている。
痛みも伴うなかでもその行為を止めようとはしない。
「なかなか取れないな。
砂も血も……」
洗面台の鏡に写ったのは普段の会社とは別人のような形相の佐竹の姿であった。
ぶつぶつと続く呟きと排水溝を流れる水の音。
「臭い……臭い臭い……」
擦っては見つめて、匂いを嗅いではまた擦り落とす作業が続いていく。
狂気にも満ちた行動は佐竹にとっては日常になっていた。
「あー……終わった。
汚いもんの後は、綺麗なあの子達みないと落ち着かないよ」
身震いするほどの笑顔が鏡に写った。
そして佐竹は廊下に出て、二重に鍵をかけている部屋のドアを開ける。
鍵を開けてもいないのにその扉は簡単に開いてしまった。
「あーそっか、壊されちゃったんだっけ。
早く直さないとな……今度はもっともっと厳重にしなきゃ」
暗幕が何重にも重ねられた真っ暗な部屋。
薄い灯りがともると幾つかの棚が見えた。
佐竹はゆっくりと歩いていき、幕を開ける。
並べられた筒状のケースの中の一つを手に取る。
「ふふ……ただいま誠くん。
ああ、今日も凄く綺麗よ」
そのケースの中には人の胃が浮いていた。
手に取ったケースの横にはずらっと、人の臓物が並べられている。
それらには人物名のラベルが貼られていた。
「やだ貴史さんたらそんな妬きもちやかなくても、あなたも素敵よ」
下の段には違う人物名の書かれた臓物入りのケースが並べられている。
佐竹は恍惚の表情を浮かべながらその幕を閉め、二番目に扉から近い棚へと移動した。
広角は上がり、微睡みの中にでもいるかの様な表情。
「壮介さん今晩は。
あら少し疲れてるのかな?ちょっと元気がなく見えるよ」
めくった幕の内側にはやはり人の臓物が入っていると思われるケースにまた違う人物名が貼られていた。
それらのケースには一切の埃すら見られない。
その中でも明らかに新品のケースが、その上の段に納められていた。
「壮介さん。新しいお友だちとはもう仲良くなれた?
ちょっとお口は悪いんだけど、ほら今は口はないから素敵になったと思うわ。
あなたもそうは思わない?一政さん」
新品のケースの中で浮かんでいる臓物。
そのラベルには真新しい字で「櫛田 一政」と書かれていた。
「ほんとはもっともっと汚ならしい所を見てからここに来てもらうつもりだったのに、一政さんたらせっかちなんだもの。
自分からこの部屋に入ってくるなんて」
佐竹は物言わぬ臓器に語りかける。
まるで本当に会話しているかのように相槌をうち、頷き、そして喋りかける。
愛しそうに見つめるその瞳に、内臓独特の光沢と色彩が写っていた。