DECIMATION~選別の贄~
中山はコートを脱いで、手錠との摩擦で少しだけ赤くなった手をさすった。
「私は警察関係者ではない。あなたを逮捕するつもりも、逮捕させるつもりもない。
選ぶのはあなた」
コートを無造作に放り投げると埃がまた舞って、中山は顔をしかめながら肩についた埃を手で払った。
佐竹は混乱の中で着々と最後の手段を用意していた。
2つのコートには幾重の仕掛けがあった。
人質用のコートには人質解放後に操作状況を知るための小型盗聴器がボタンの下に取り付けられていた。
そして自分のコートの内側には日本のナイフが縫い付けられ、いつでも手にすることができるようになっていたのだ。
佐竹は中山の死角になるように身体を斜にして、コートの内側に縫い付けられたナイフを手にした。
「ボスがあなたのやり方に感銘を受けてあなたをスカウトに来たのよ。
もし協力してくれるなら今後のあなたのコレクション拡張の手伝いをしてあげる。無論スカウトなのだから、これからは快楽の為だけでなくビジネスとしても殺してもらうことになるけどね」
物語の世界のような話を真面目に、絶えず笑顔で話続ける中山。
佐竹の心はもう決まっていた。
「素敵な話ね。
でも、もし私が断ったら?」
佐竹の問いに中山はこれまでで一番の笑顔を見せて言う。
「別に何も。
私たちからしたらあなたはたまたま利用価値があったからスカウトしてるだけ。あなたが居なくても支障ないし、あなたの活動で損害も被ることはない。
私はおいとまして、あなたは逃亡生活に戻る。ただそれだけよ」
選択肢として成り立っていない。
損得勘定では選びにくい質問。
だが、それを聞いて佐竹の考えが揺れ動くことはなかった。
佐竹はゆっくりと立ち上がる。
「迷う必要性もないわ。
勿論あなたたちに協力するわ。それで捕まらずにまた綺麗なモノに出会えるなら願ったり叶ったりだもの」
ゆっくりと近づき右手を差し出す。
「ふふ、聡明な判断よ由奈ちゃん。
これから宜しくね」
中山もまた右手を差し出す。
二人の手が重なり、佐竹は握手にしては少し強めに握っていた。
「でもね由奈ちゃん……」
佐竹が左手に手にしたナイフを中山の腹に突き立てようとした時。
彼女はいつのまにか床に転がっていた。
何をされたのか分からないほどの速度で床に倒されたのだ。
反射的に左手をついたのだろうナイフは少し先の床に転がっていた。
中山は倒れた佐竹の左手を思いきり踏みつける。
そして左手をぐりぐりと踏みにじりながら笑顔で見下ろしていた。
「ビジネスで嘘つきはすぐに信用を落とすわよ。これからは嘘はダーメ。
それにね……」
うつ伏せに伏した佐竹の顎を優しく撫でるように触り、唇が触れそうなほどの距離まで顔を近づける。
「あなたのような素人が私のようなプロに騙し討ちとはいえ寝首をかけるわけないじゃない」
冷酷な瞳。
優しく、甘い声は身震いするほどの恐怖だけを鼓膜に焼き付けた。
「さて質問に戻るわ。
私たちに協力するか否か……答えは?」
佐竹は心に決した抵抗
の選択を完全に手放した。
そして力ない声で答える。
「協力するわ」
「そう、良い子ね」そう言って中山は満面の笑みで佐竹の額にキスをしたのだった。