DECIMATION~選別の贄~
目の前には病院にあるような手術台が一つと、それと同じくらいの大きさの何かに灰色のシートがかけられている。
そこに目隠しをされ上半身をむき出しにした若い男性が手足を縛られ眠っていた。
そんな男性をあたかも日常の一コマのようにみる女性が1人。
「最後なのに情緒もなにもないのね……」
端で見物するベロニカが、部屋に入ってきたお付きの黒人男性にそう呟いた。
そして遅れること二分。
重たい扉を開いてゆっくり入ってくる女性。
佐竹はどこにでもある包丁を手に入ってきた。
カビのにおい、ほんとに些細な明かりが差し込む。
佐竹は眠らされた男性の側に立った。
「これでようやく……」
包丁に写った自分の顔にかすかに笑いかけた様な気がした。
そこに写る痩せこけた女性は愛知県でOLをしていた頃の彼女からは想像もできないような姿にあった。
「マーク、例の用意を」
腕組をしながらその作業を監視する。
ベロニカにとっても今日は今までと違う。
彼女にも遂行しなければならない任務があり、その重要な準備として佐竹の監視があった。
「……あら?マークったら。
可愛そうに」
何かに気がついたベロニカ。
本来ならば作業を中止するほどの想定外であったが彼女は止めようとしなかった。
佐竹の最後の殺人作業として単調なものになるより良しと判断したのだろう。
構えた包丁をそっとみぞおち当たりに降ろす。
その時、麻酔で眠っているはずの青年の指が動いたのを佐竹は気づいていなかった。
いつも通りに繊細に、しかし力を込めて包丁の刃を肌に突き刺していく。
内臓を傷付けないようにできるだけ表面を開くことができるように。
皮膚が裂け刃を飲み込んでいく、と共に包丁と皮膚との間から真っ赤な鮮血が、湧き水のように溢れ出す。
「ぬあああぁあぁぁぁあっ!!」
「えっ」
激痛がはしり青年が叫ぶ。
痛みで無理矢理に覚醒し、目を開いても視界は閉ざされ手足の自由は効かない。
底知れない恐怖に身体を無心に動かす。
想定外のことに佐竹は尻餅をついてベロニカを見た。
そこには冷めた瞳で自分を見下す彼女の姿があり、佐竹と目があった瞬間に悪魔のように微笑んだ。
それを見て理解する。
作業が止まることはない。
ただこのまま見ず知らずの若い男性に恐怖を刻々と刻み付けながら、その息を止めるのだと。
「ふふふ……あはは」
佐竹は笑った。
狂ったように。
声をあげて、目には涙を浮かべて。
「誰だ!おい、俺に何をする気なんだ、おい!!」
青年が叫ぶ。
佐竹はゆっくりと青年の叫びをBGMにして、尻餅をついた時に落とした包丁を拾った。
柄には血がついていた。
「おい、こんなことしてただで済むと思うなよ!監禁だぞ!
それに傷害罪もだ!お前は裁かれるんだよ!クソ女!!」
佐竹は何の躊躇もなく柄を握る。
ゆっくりと向き直り、近寄る。
暴れる青年になにも言わずに、佐竹は包丁を彼の左腕に突き刺した。
手術台が赤く染まり始める。
急な痛みに、焼けるような感覚に身体を上下させてのたうち回る。
「うわぁぁあ、腕が腕が、おれの腕が!」
生暖かい自分の血が腕から吹き出し、肩に伝って、手術台を流れ肩甲骨あたりから背中に回っていく感覚。
痛みから意識は混乱し、脈は異常なほどに早くなっていく。
「ああぁ、痛い。痛いよぉ!」
泣き出した男は最早目の当てようもないほど哀れであったが、佐竹の気持ちは驚くほど落ち着いていた。
耳元で一言呟く。
「動かないで、あなたの綺麗な内臓に傷が付いちゃうでしょう?」
「……ひっ」
男はようやく理解した。
これは拷問や監禁の類いではなく、ただ日常から離れたドラマや映画、まず行くことはないであろう扮装地域にあるかもしれないと思っていた命の搾取。
血の気とともに引いていく意識の中で彼は最期の言葉を叫ぶ。
「いつか貴様にも天罰が下るぞ、許さない許さない許さない許さない。
この人殺しぃぃぃいっ!」
佐竹は無意識に彼の喉を引き裂いていた。
首の半分を切り裂いて、血飛沫が吹き上がる。
「か、っあ、ふぁ」
意識しない音声、肺から息が吐き出される音がしばらく、彼の命が尽きるまでの間続いたのだった。