DECIMATION~選別の贄~
翌朝、台風一過でからっと晴れた日。

菜月は中学の授業を全て終えると、今や毎日の日課となった手作りのビラを配りに最寄りの駅へと向かっていた。

駅前などでのビラ配りは実に七年間もの間続いている。

「宜しくお願いします。

宜しくお願いします!」

コピー用紙に印刷された手作りのビラ。

厚い束を片手に制服の少女が大きな声を出して、こうしてビラを配る様は異様なものであった。

「兄の行方を探しています。
どなたか心当たりの有る方はいらっしゃいませんか?」

一樹が失踪してから七年、手続きによっては失踪宣言が認められ兄は法律上死亡したことになる。その期限である七年が残り一ヶ月と迫っていた。

手続き上の死亡とはいえ菜月には受け入れがたいもので、どうにか手掛かりだけでも得ることはできないかと必死に行方を追っていた。

しかし今でも音信不通、これだけの呼び掛けをしてもこの7年間の間に目撃情報の一つも浮かび上がることはなかった。それでも一樹は生きていると信じており、菜月はこれまでに一度たりとも一樹の生存を疑ったことはなかった。

いや、そう強く思わなければ幼い少女には家族を失った事実を受け止めることができなかったのかもしれない。

「宜しくお願いします。宜しくお願いします」

あるサラリーマンはビラを手に取ると2メートルと歩くこともなく地面に放り投げた。行き交う人々に飲み込まれビラはあっという間にクシャクシャになり、それを見てしまった菜月の心の様に儚く破かれていった。

ある主婦達は呆れ顔で「ティッシュの一つもついてないの?」と無神経な言葉を投げ捨てて消えていった。

初めは憐憫(れんびん)の目を向けていたご近所やマスメディアもすっかりその熱が冷め、今では視界にすら入っていない。それどころかいつしか菜月の真剣さを疎(うと)ましく思う者まででてきていたのも紛れもなく事実なのであった。

「宜しくお願いします、宜しくお願いします」

菜月は例えどんな結果になっても一樹の生存を信じることを諦めたくなかった。
それを形として残す最たるものがこのビラ配りだった。菜月は一樹を信じる一心で、どんな目にあおうとも決して頭を下げることを止めたりしなかった。

何度もーー

そう、何度も何度も何度も何度も、ただ頭を下げては一樹の無事を祈る。そんな菜月の姿を前々からじっと見つめる人物が、向かいのビルの影にいたことにも気づかずに。

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