DECIMATION~選別の贄~
黙して語る樹木
フローラルな香り、その中に少しだけ樹木の柔らかさやミントの爽やかさが混じる。
ピンクのアロマディフューザーから漂う心地よい香りは心身ともに落ち着かせる。
東谷は1人がけのソファにどっかりと腰を掛けて、その様子を柔らかな表情で見つめている。
「……先生」
小さな遠慮がちな声と共に紙の上を滑る鉛筆の音が消えた。
その直後に木製の鉛筆がテーブルに置かれる高い音が妙に大きく聞こえた。
「お仕舞いでいいかな?菜月さん」
殺人ピエロ事件から一ヶ月が経ち、菜月はようやく退院し自宅で療養していた。
今日は2週に一回の定期カウンセリングの為に東谷の部屋を訪れた。
「はい、もう……」
以前と比べて痩せ細り、声は極端に小さくなってしまっていた。
そんな菜月を優しい眼差しで包みながら東谷は菜月が鉛筆をはしらせていた画用紙を手に取る。
そして眺めて笑うのだった。
「少しずつだけれども確かに、君の中の生命力……活力と言った方が正しいのかもしれないが
眠っていた場所から出てこようとしているのが実感できているかな?」
東谷の手に取った画用紙の隅には弱々しい筆圧の一本の樹木が描かれていた。
根はなく細い幹に丸い葉がついている。
B4版の画用紙の10分の1にも満たない大きさの樹木は腕が擦れてしまっただけで消えてしまいそうだった。
「わかんない……です」
弱々しい返答に東谷は大きく頷いていた。