DECIMATION~選別の贄~
とある小さな離島の診療所。
一軒家ほどのその施設に今日も沢山の島民が訪れていた。
「こんにちは大崎さん。
腰は良くなりましたか?」
「ああ、大分ね。
これもノエル先生のお陰だなぁ」
診察室は元々民家の和室だった場所にデスクと椅子を二脚、簡易的なベッドを一台、そして島民手作りの血圧を計るための腕を置く台がある。
まだ医師に成り立てではないかと推測される若々しい男性医の胸には「桂木 乃恵瑠」と丁寧な字で書かれていた。
「じゃあ、また湿布と痛み止めを出しておきますね」
「ありがとうノエル先生。また来るよ」
「はい、いつでもお待ちしていますよ」
なんと綺麗な笑顔であろうか。
その笑顔を見るだけで辛い身体にも渇が入ると言う島民もいるほどだ。
「おや朝田さん。
珍しいですね、どうされました?」
ここ八重ヶ島の島民は老若男女合わせて100人に満たない。
海産物は豊富ながら、元々火山地帯でもあった土壌は作物をうまく寄せ付けず、ほとんどが本土から買っている。
人口の半分は還暦を向かえ、中学生以下の子どもは11人しかおらず元々、小学校、中学校、高校があった。
子どもが減り、教師も本土に移り来なくなり、小学校と中学校が合併し、高校は廃校している。
「子どもが胸が苦しいと言っていてね、本土へ行く金も時間もない。
ノエル先生しか頼れる人はいないんだ」
朝田東治郎はこの八重ヶ島の漁師たちをまとめる若頭である。
妻は事故で他界しているが、一人娘の美織と暮らしている。
「美織ちゃんは今日はどうしているんですか?」
「学校から帰ってきたら急に胸が痛いからと寝込みだして、診療所まで行くのもしんどいと言うのでね」
乃恵瑠はすぐに島民全員のカルテの中から美織の物を探しだした。
大きな病気の既往歴はなく、発達の問題も見受けられない。
これまでにこの診療所を訪れたのも予防接種と夏風邪の一度きりという健康ぶりであった。
「急な胸の痛みと言うのは心配ですね。田所さん?」
乃恵瑠が名前を呼ぶと待合室から40代半ばのナースがやってきた。
「どうしました先生?」
「朝田さんのお宅に行ってくるので、少し診療所を開けます。
患者さんが退屈されないようにお話し相手宜しくお願いします」
乃恵瑠はそう言って白衣を羽織る。
田所はにっと笑って一言「お任せあれ」と言って待合室に戻っていった。
「すまねぇなノエル先生」
「いえいえ、島民の健康を維持するのが僕の義務。そして島民の笑顔こそが僕の願いですから」
「ふっ……ああ、そうだったな」
島民の間では乃恵瑠の口癖が広まっていた。
島民を想う義務、願い。
この言葉を聴いて信頼をよせない人がどれほどいるのか。
二人はただ続いていく道を東治郎のトラックで走り出した。
待合室から「いってらっしゃーい」と患者達の声が響くと、乃恵瑠は眉を下げて笑った。