DECIMATION~選別の贄~
その晩、列島を渡っていった低気圧の影響でおおしけとなった海を渡り、八重ヶ島を訪れる者がいた。
豪雨と暴風が吹き荒れる中、船体の床にまで入り込んだ海水を乱暴に踏み鳴らして、男は八重ヶ島へと降り立つ。
黒いスーツに茶色のネクタイ、胸には黄金のバッチがつけられている。
黒い傘を、かいがいしくも自分はびしょ濡れになりながら、その男を雨風からしのがせようと伸ばすもう一人のスーツの男は秘書か何かであろう。
「ここが彼の八重ヶ島か」
男の呟き。
低く、独り言のようなその呟きは男の最終確認であることを知っていた。
「はい、作用でございます澤村先生」
全身濡れている60代の男の声に、傘を持つ男よりも20歳は若いであろう澤村は満足そうに笑った。
「迎えはまだなのか?このままでは山根、君の方が先に倒れてしまう」
山根は澤村の身体を気遣う言葉に涙を流す。
「私は澤村先生の為に身も心も捧げています。あなたが私を不要と捨てるその日まで私がどうしてあなたを支えず倒れることができましょう」
山根の感情は信頼や尊敬の念を越えて、神を崇拝するかのような常軌とは逸した感情であった。
「ありがとう山根。君の献身の代価は必ず私が用意するよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます……」
山根はその言葉を聞くと、傘の向きは寸分たりとも動かさないように注意しながら、深く何度も頭を下げるのだった。
その時、降りしきる雨を車のライト
割いて向かってきた。
黒塗りの車。
運転手は車を停車させるとすぐに後部座席のドアを開いた。
「迎えご苦労だったな」
一言言って澤村は乗車した。
自動ドアの如く運転手がドアを閉める。
山根は傘を畳むと澤村と反対側の後部座席に乗り込む。
いくら夏とは言えども衣服から滴るほどの雨を浴びて身体が冷えないわけもない。
運転手は運転席に再び乗り込むと、助手席にあったタオルを澤村にだけ渡して、車を走らせるのであった。