DECIMATION~選別の贄~
澤村はかすかにスーツのズボンについた水滴をタオルで払って、横にいる山根に舌打ちをした。
山根はそれを見てまるで蛇ににらまれた蛙の様に縮こまり、身体をぶるぶると震わせる。
澤村はその様子を見て笑って言うのだった。
「使いなさい。風邪を引いてしまう」
「ひっ、あ、はい……ありがとうございます!」
山根は震えるてで受け取り、タオルを落としてしまう。
幻聴に過ぎないが再び舌打ちが聞こえたような気がして、慌ててタオルを拾ってずぶ濡れの身体を拭き取っていく。
「運転手、目的地まではどのくらいだ?」
ワイパーが忙しなく雨粒を払うその先は、車のヘッドライトすら頼りなく思えてしまうほどの闇であった。
運転手はまるで感情の一切を持たないかのような口調で答える。
「平常時14分、豪雨ではルート変更を余儀なくされる可能性が高く、その場合には23分ほどかと」
「そうか、では忙しくなる前の最期の退屈を謳歌しようではないか」
澤村は本土から片時も手放さずにいたケースを開く。
その中には10数本の注射器の中に透明な液体が入れられたものが厳重に保管されていた。
「ふふふ、いつ見ても美しいな。加博士の最高傑作は」
澤村はうっとりとその注射器を眺めて呟いていた。
そしてその姿を見つめる視線に気づく。
「そう物欲しそうな顔をするな山根。
ちゃんと貴様の息子の分も用意させたと言っただろう」
「……はい」
山根はすぐに俯いた。
そして自らの懸念が現実のものにならないこととだけをただ必死に願うのであった。
「おや…………これは」
緩やかに減速して車は停車した。
ケースを眺めていた澤村も外の以上に気づき、ケースを施錠した。
「氾濫か?」
「……の、様ですね」
ヘッドライトの先ではそこまで大きくはない川が氾濫し、橋を隠してしまっている。
そんな状況を見ても運転手の声色は微かにも変わらない。
「迂回ルートで行きます。目的地到着は、ここより16分です」
車は少しだけバックして、左に迂回して走り出した。
「嗚呼……長い夜が始まるなぁ」
澤村の腸(はらわた)の様に黒濁とした川。
周りの細い木なども飲み込みながら、全てを押し流そうとしているようにも見えるのだった。