DECIMATION~選別の贄~
二人がタオルで水を拭いたのを見て、乃恵瑠はわざとらしく言う。
「さて、ご用件は?どこか具合が悪いのでしたら診療時間内に出直して頂けますか?」
乃恵瑠の言葉に不安そうに山根が澤村の顔を見つめている、澤村は愉快そうに笑っていた。
「クライエントと一緒と申したでしょう。受診ではありません、ビジネスの話をしたいのです。乃恵瑠先生」
乃恵瑠はため息を吐いて、そして黙ったままで手を差し出した。
澤村は笑顔を一度見せて、大事そうに抱えていたケースに入れられた注射器を渡す。
「今、被検体の様子は?」
「……レベルCの兆候が見られ始めました。進行データを分析するに、およそ後二月で最終段階になると予想しています」
「そうか、待ち遠しいな」
澤村は注射器のケースの下敷きを外した。
その下にはケースにびっしりと札束が敷き詰められている。
「これまでの研究への感謝の気持ちと、これからの研究への投資金だそうです」
乃恵瑠は無表情のままでその札束を見つめていた。
そして無言でケースごとそれらを受けとる。
「さて、後はそちらの方への治療でしょうか?」
乃恵瑠が回転する椅子を回して山根の方を見る。
山根は一瞬ビクリと肩を揺らした。
「いえ、どうか私の息子を救ってやって欲しいのです。どうか、どうかお願いします乃恵瑠先生!」
喋りだしたら緊張の糸が切れた様子で、感極まって涙を流しながら山根は乃恵瑠の手を握った。
乃恵瑠は一度目をつむった。
「……全力を尽くします。だからどうか顔を上げてください」
「ありがとうございます、ありがとうございます!
ありがとうございます……」
山根は乃恵瑠の手をしっかりと握りながら、手の甲に額を擦るように何度も何度もお礼を言った。
その様子を道路の汚物でも見るかの様に見下していた澤村。
そんな澤村を乃恵瑠は睨み付けるように見つめていたのだった。