DECIMATION~選別の贄~
「……あ、やっぱり今日もここだったか」
大学の帰り想次郎は駅前でチラシを配る菜月の姿を見つけた。
兄の無事だけを祈ってひたすらに頑張る妹。
想次郎は七年間、菜月にすら言えていなかったことがあった。
陽が沈みかけて空が紅色に染まっていく。
夏の日差しが和らいでも半袖の下は汗が絶えず出てくる猛暑。
想次郎は近くにあった自動販売機でスポーツドリンクを一本買って菜月の元へと歩いていく。
すれ違う人は皆汗ばんでいて、タオルを手に持つ女性が多い。
菜月が振り返りチラシを差し出す。
「すいません宜しくお願いします」
頭をしっかりと下げて菜月はチラシを差し出した。
手からチラシが離れる感覚で、菜月が嬉しそうに顔を上げると、そこには想次郎が
立っていた。
「なーんだ想兄かぁ。
せっかくチラシ手にとってもらえたと思ったのに」
そうは言っても菜月は嬉しそうに笑っていた。
「はは、ごめんごめん。
はい、これで機嫌治して」
そう言って想次郎は菜月に冷えたスポーツドリンクを差し出す。
「気が利きますなー。
よし、心の広いこの菜月様だ!許してしんぜよう」
「ははー、ありがたき幸せ」
冗談で菜月がふんぞり返ってそう言うと、想次郎は両手をあげて時代劇の一幕のように頭を深々と下げてみせた。
二人はお互いの顔を見合って笑う。
「少し休んだら?どうせ学校終わってからずっとここで配ってるんでしょ?
休憩したら僕も手伝うから」
想次郎はいつでも優しい。
今までも菜月に何か悲しいことがあった時、嬉しいことが起こった時、いつでも側で笑っていた兄の存在に菜月は何度も救われていた。
「うん、そうするね。ありがと。
想兄大好き」
そう言って菜月は兄の腕をしっかり掴んで腕組をする。
10メートルほど先に駅のロータリーが見渡せるベンチ代わりになる花壇がある。
そこに腰かけて菜月は想次郎にもらったスポーツドリンクで喉を潤していく。
冷たい液体が喉を通って腹の底に沈んでいくのが分かった、それと同時に腹の奥が温かくなる感覚もどちらも心地よかった。