DECIMATION~選別の贄~

今でも菜月は思い出す。

それは決まって家に一人でいるとき。

「叔母さんただいまー」

今日もここには想次郎が居ない、一人きりだ。

菜月は部屋に入るなり制服を脱ぎ捨てて、ピンクの可愛らしい下着姿のままで布団に寝そべった。

部屋は外からの街灯の明かりだけ。

菜月の中学三年生にしては豊満な胸も薄明かりで照らされている。

菜月はゆっくりと仰向けになると、左手を天井に向けて伸ばした。

見えるのは左手の甲にある血管、骨、関節、いつの間にか大きくなった輪郭。

「小さい手のままね……」

菜月には母親の記憶がほとんどない。

菜月の母親・花菜が死んだのは菜月がまだ3歳になったばかりの頃だった。

最終的に原因不明の、風邪に似た症状で入院し、そのまま病院で脳死状態に至ったのだと想次郎から聞いたことがあった。

その話を聞いたのは父親の自殺から四年後のことで、菜月にとっては母親の死よりも父親の死の方が印象深くあったのも、母親の記憶が少ない理由の一つでもあったのだろう。

小さな手にごつごたした大きな手が重なる。

そこに自分の手より少しだけ大きいもう二つの小さな手が重ねられる。

「…………」

菜月が眠れない時に父親と二人の兄が手を重ねてくれた。

天井に向けられていた手のひらをそっと返して、菜月が三つの手を握る。

そして「おやすみなさい」と言って、面白いくらいに歳が小さい順に眠りについていく。

自分が寝付いた後の会話は菜月には分からない。

想次郎だけが知っている父親もいるだろう。

そして想次郎ですら知らない父親を一樹は知っていたのかもしれない。

「一兄、パパ……」

左手の輪郭がぼんやりと歪んで、菜月は一粒涙を流した。

涙は頬を横断して耳の下を沿うようにしてシーツに吸い込まれていく。

目を閉じて鼻をすすると、いつの間にか綺麗で長い指の、一回り大きな手が重ねられていた。

その手はとても暖かい。

「ただいま菜月」

菜月はその声の主を見ないでそっと手のひらを返して、その愛しい手を握りしめる。

「想兄、おかえり」

想次郎もまたその小さな手をぐっと握り返した。

「昔のこと思い出してた?」

「想兄?」

想次郎の優しい声にいつもと違う悲しい音が混ざっていた。

微かに握っている手が震えている。

「これから菜月と叔母さんに報告したいことがあるんだ。

だから…………」

想次郎は最後に力強く菜月の手を握ると手をほどく。

そして立ち上がると小さな声で言う。

「どんなことを言われても受け入れる覚悟が出来たら居間に来てくれ」

「想兄!?」

想次郎はふすまを開いて居間に消えていった。

一人きりの部屋に時計の針の音だけが響く。

菜月はこれまでにないほど自分の心臓の音が大きく聞こえた。

「想兄、なんか変だった」

菜月は不安に震える手を胸に当てた。

鼓動が異常に早くなっていく。

それと同時に手に触れる自分の素肌の感触にあることを思い出した。

「……ん!?

そういえば私、服着てなかった・・・」

ノックもせずに入ってきた想次郎も想次郎だが、中学生が幾ら家族の前とはいえど下着姿を曝して平然としているのは不自然である。

「いやーーーぁん」

思い出したら急に恥ずかしくなって菜月は赤面しながら発狂した。

そしてステージ衣装の早着替えばりに、隅に並べられていた洋服の束から適当な服をもぎ取って着る。

「何を言われても受け入れる覚悟……

そんなの聞いてみなきゃ分かんないよ」

菜月は机に置いたチラシの束を見た。

一樹が失踪する前に、三人で撮った最後の写真。

そこで菜月を間にして幸せそうに笑う二人の兄。

不安や悲しみから守ってくれた兄達。

菜月は左手を一樹の写真に向けて開き、そしてぎゅっと結んだ。

「……よし」

そしてふすまがゆっくりと開けられる。

居間にはすでに想次郎と利子の姿もあった。












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