ロリポップ
 恩田君とはその日は結局終業時間まで会うことも無く、昨日のお礼をしようと思っていたけれどまたの機会にすることにした。
 瑛太に聞くと外回りに出てるらしかった。
 会社には帰らず直帰すると聞いて、私も会社を後にした。
 
 
 帰って久しぶりにまともな夕食でも作ろう。
 最近、色々あったってのもあるけどまともに家で料理なんてした事ない。
 別に料理自体が嫌いなわけじゃない。
 得意かって聞かれたら困るけど、好きではある。
 好きだから得意って訳じゃないって感じな程度の好きだけど。
 お洒落なフランス料理みたいなものは作れないけど、よくある家庭料理レベルなら作れる。
 時間も出来たし、手を抜かず作ろう。

 何にしようかな・・・なんて考えながら歩いていると、


「恩田君、ご飯食べて帰ろうよ」


 と、数メートル先の横断歩道の信号で立ち止まる男の子に、グレーのパンツスーツの女の子が話しかけていた。
 あのサラサラの栗色の髪はきっと私の知ってる恩田君だ。
 横の女の子は・・・残念ながら私の知らない女の子。
 少し茶色の髪を一つに纏めあげたうなじが綺麗な女の子だ。
 恩田君、直帰って瑛太言ってたけど、一回会社に戻ってたんだ・・・。
 何となく声を掛けにくくて、二人の数歩後ろで足を止める。
 会社帰りのサラリーマンやOLで私の前には数人の人が並んでいた。


「ごめん、今日は約束があるんだ」



「え~、デート?」



 仲がいいのか遠慮なく聞き返す彼女。
 まるで私と瑛太みたいな会話。



「違うけど」



「そっか。恩田君て彼女、いないの?」


 横断歩道の信号待ちの場所で、彼女の質問は続く。
 うわ・・・瑛太並みに空気読めないわ・・・。
 そんな彼女に捕まってしまった恩田君に同情しつつ、続く会話は私のところまで聞こえてくる。


「彼女?ん~いないな、もう何年もいないかも」


 あら、意外。もてそうな感じなのに。
 と、同情しつつもちゃっかり勝手に会話に参加してる私。



「どんな子がタイプ?」


 グイグイ聞くわねぇ・・・芸能記者並の食いつきように思わず笑ってしまう。
 彼女はきっと恩田君が好きなんだ。
 君みたいな子、って言って欲しいんだ。
 しばらく考える風に頭を傾けていた恩田君は



「可愛い人、かな?」



 そう言った。
 可愛い人、か。
 確かに恩田君の横にはおっとりした可愛い女の子が似合いそうだ。


「可愛い人?何かそれって曖昧~」


 女の子の方はもっと具体的にってせがんでいるようだったけど、そこで信号は青に変わった。
 歩き始める人の波に二人も私も流れるように歩き出す。
 二人の後姿を遠くに見ながら、私は駅に向かう角を曲がった。


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