ロリポップ
 一軒の居酒屋さんの前で止まると、恩田君はやっと振り向いて

「ここでもいいですか?」

 と一応聞いてくれる。

「いいけど・・・恩田君、来たことある店?」

「はい、よく来ますよ」

 と慣れた手つきで暖簾をくぐって入っていく。

「いらっしゃいませ~」の店員さんの大きな声は、どこの居酒屋さんでも同じらしい。

 カウンターの隅に座って、とり合えずビールを頼む。
 厚焼き玉子と枝豆も頼んで、コートを脱ぐ。
 椅子の後ろに引っ掛けながら、座りなおすと恩田君がじっと見ていることに気が付いた。
 時々、こうやってじっと見てるんだよね。
 ビームが出てるんじゃないかってくらい。

「な、何?」


「今日も綺麗だなって思っただけです。あ、ビール来ましたから、とりあえず乾杯しましょうか」


 いま、綺麗だなって言った?
 言ったよね?
 普通に言ったよね?

 時々、天然何だか何なんだか・・・恥ずかしくなるような事をサラッと言うから、聞き流しそうになって、一歩遅れてびっくりする・・・。


「ははは・・・かんぱ~い」

 何だか恩田君のペースにまんまと巻き込まれた感じ。

 グビグビと一杯目を飲み干すその勢いに、思わず「どうしたの!?」と聞かずにはいられなかった。

「僕、こう見えてもお酒強いんですよ?ちゃんと送りますから、大丈夫ですよ」

 にっこり微笑まれても、恩田君とこうして飲むのは二回目で。
 しかも一回目は、私の記憶が半分くらいないから、恩田君がお酒に強いかどうかの判断も出来ない・・・。
 また、醜態をさらす訳にもいかないから今回はこの一杯だけにしよう、うん。


 「おまたせしました~、」
 
 勢いよく運ばれてきたのは、焼きたてのあつあつの厚焼き玉子。
 ふっくらと黄色に輝く厚焼き玉子・・・美味しそう。
 枝豆も茹で上がったばかりなのか、もうもうと湯気の上がる緑色が美味しそうに皿に乗せられていた。

 2人でわいわい言いながら、楽しいお酒の時間は過ぎていく。
 結局、一杯と決めていたのに、恩田君に押し切られて2杯目のビールを飲んだ私は、ほろ酔い気分になっていた。


「恩田く~ん、最近会わなかったよね?仕事、忙しいの~?」

 素面なら聞かないようなことも、お酒の勢いに任せていってしまうのがお酒の怖いところだ。


「そうですね、会いませんでしたね。でも、僕は見かけるときはありましたよ?逢沢さんは全く気が付いてないようですけど」


「あ~、また、ストーカーみたいな事いってる。あはは。でも、私も恩田君、見かけたよ~?って言っても後姿だったけど。すご~く急いでたみたい」

 走り去る恩田君の後姿を思い出しながら、視線を向ける。
 
 そうでしたか?なんて。

 私が見てる事だって知らないじゃない。


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