ロリポップ
 身動き取れない私の耳もとでささやく恩田君の声は、いつもの様におっとりとしているのに、妙な色気を含んでいるように思えた。

 ぞくぞくする様な声にキュッと体を縮めると、更に抱きしめる腕に力が込められて、私達はぴったりとくっついてしまう。
 隙間なく背中に感じる恩田君の鼓動が聞こえてくるようだった。
 私のはきっと聞こえてしまっている。
 体全体に響き渡る自分の心音が、恥ずかしいくらいに体を震わせる。

 別に何をされてるってわけじゃないのに。

 いや、抱きしめられてはいるけど。

 官能的な訳でもないし、ここが彼の部屋だとかでもない。

 抱きしめられている事で舞い上がってしまってるうえに、駅までの普通の歩道で、こうして抱きしめられている事が恥ずかしくて堪らない。

 でも、行き交う人の視線を感じながら、回された腕を振りほどこうとは思わなかった。

 感じる体温も、頬にかすかに当たる栗色の前髪の感触も。

 今は、恩田君から与えられるもの全てを感じていたかった。


「逢沢さん、僕の部屋にきませんか?」


「え?」


「あ、変な意味じゃなくて、です。いくらなんでも、草食系じゃないからといって野獣というわけでもありませんから」


 ・・・野獣って。


 にっこり笑顔でそんな事言われても、全く笑えませんけど・・・・・。

 


「ここじゃ寒いからですよ?」


 抱きしめたままそんな事言われても・・・・・。


「・・・・うん」


 って行くんかい!!!

 自分でしっかりとツッコミながら、離された腕の温もりを寂しいと思うなんてかなり矛盾してる。

 
 電車、来ますよ~とさっき私を抱きしめた事が嘘だったんじゃない?ってくらい、普通に手招きする恩田君。

 全然読めない・・・・・・。





 
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