アンジェリヤ
 彼は綾の手をそっと振り解き、道中へと消えた。
 何度か、自分を被写体にもしてくれた。代わりに彼の写真も取っては見たが、見事にピンボケで、二人で苦笑したものだ。それでも一枚だけ、ほかの人にとってもらった二人きりの写真が、綾の宝物だった。今もまだ、パスケースにはさんであるぐらいに。花言葉を夢だという、アンジェリケをバッグにして、笑顔で写った。
 たしか、彼は隣町に住んでたはずだ。会いにいけばいいと思いつつ、気乗りせずに毎回駅に来ては帰っていった。何か、知ってはいけないものが待ち構えてると思った。
 いまさら遅いかも、と思いつつ街中へ消えていった彼の後を追った。すると、ゆっくりと歩く彼にうまく追いつくことができた。思わず顔を覗き込むように、背後から顔を出す。
「綾?」
「まってよ、順」
「何か用でも?」
「順と、また会いたいから、住所教えて」
 このまま、また長く離れているというのは耐えられなかった。友達がいないわけではない。高校には、十分にいるとは思う。男友達だってしかり。
 それでも、彼は特別だった。一緒にいるだけで、心が安らいだ。
「ごめんね、住所は教えられない」
 苦い薬を飲み込むように表情をゆがませた順は、不本意そうに答えた。
「どうして」
「どうしても」
 彼は、悲しげに言った。それ以上、問い詰めることが愚問のように思えた。
「また、会いにきてくれる?」
「会わないほうが、いいと思う」
 彼の声は冷淡だった。いつもの穏やかさは、はっきり言って消えていた。
< 4 / 9 >

この作品をシェア

pagetop