ジュエリーボックス
「…"もう一人の俺"って、本当に馬鹿なんだな」
言い合いを続ける頼人と私を見て、膨らませたガムを指先でつついて遊び始めるもうひとりの頼人。
悠介は呆れた様子で、二人とも素直じゃねぇな、と、私逹に聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「…誰にも負けねーよ、何年"待った"と思ってんだ」
反地球の頼人が言うと、びくり、と身体を揺らし、間抜け面だった頼人の表情が真剣なものに変わっていく。
…明らかになにかを知っているような目つき。こんなに険しいコイツの顔を初めて見た気がする。
「覚えてるんだよな?」
「…ああ、勿論」
「"約束"も?」
「……。」
二人の頼人の会話が、さっぱり解らない。
悠介も明らかになにかを知っているようで、参ったな、と降参のポーズをしてみせた。
「悠介…あの二人、なにか知ってるみたいだけど」
「眼留は気づかなくていい事だよ、これはアイツの因縁だから」
ふわり、と笑った悠介の顔が、何故かもうひとりの弱々しい悠介と被って見えた。
人の記憶って結構曖昧なんだな、と彼は寂しそうに呟く。
『──気づいて!』
「…えっ?」
突然、誰かの声が私に届く。
周りを見渡しても、私逹以外は誰もいない。
もう一度耳を澄ませてみても、なにも聴こえては来なかった。空耳か、と安堵する。
チャイムの音すらも頼りなく聴こえる屋上。
"この時"。私の未来も過去も変わりはじめている事には──気づけなかった。