ジュエリーボックス


暫くジュエリーボックスを眺めた後、私は考えるのを辞めてしまった。

蓋を開けると、中にはなにも入っていなかった。


「…ま、いっか。壊れてるし、もう使えないよね」


──私は青が好きだから、デザインが気に入って買ったのかもしれないな。

軽い思いでそう判断をして、壊れたジュエリーボックスを透明なゴミ袋に捨てる。

彼との思い出を全て棄てた事に、私は気づかない。


『──気づいて、気づいてよ!』


泣き叫ぶ自分自身にも、大切な過去にも、私はなにも気づかないまま、容赦なく棄てていく。

次第に、"私"の声も小さくなり、遂に消えてしまった。

消えた事にさえ、私は、なにも気づけなかった。



「…あ、引っ越し、今日なんだ」


首を伸ばして窓の外を覗くと、引っ越し業者のトラックが止まり、隣の家から次々とダンボールが運び出されていくのが目に入る。

数日前にお母さんから、お隣さん引っ越すらしいわよ、と聞いた時は少し驚いた。


(──…藍川くん、何処に引っ越すのかな。最近は学校にも来てなかったし…仲が良かったのは幼稚園の時ぐらいだけど)


そう思った瞬間に左胸が、ずきり、と痛む。

無意識に涙が溢れて、凭れ掛かっていた窓辺に滴が落ちた。

涙に釣られるように急に雲行きが怪しくなり、小雨が降りはじめる。




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