ジュエリーボックス


こんな風に細く綺麗な雨が降る日を、私は他にも見た事があるような気がした。

…どこで見たのだろう?

途端に頭痛が襲って来て頭が真っ白になり、なにひとつ思い出せる事はなかった。



『──…好きだよ』



柔らかい、幸せそうな声が脳裏に響く。酷く懐かしい、優しい時間。


『眼留!』


チャイムの音に、ライブハウスの歓声、大騒ぎをした昼休み、屋上で"誰か"を膝枕した事──


全てが夢のように一瞬で過り、なにを視たかは直ぐに忘れてしまった。

途端に、虚しさに襲われる。

針の先でつつかれたように、心が痛い。


「…生きていく、って、楽しくないのかもしれないよね」


誰に向かって呟いたのか自分でも解らないまま、頬を涙が伝っていく。


「幸せって、なにかな」


満たされているはずなのに、まるでこの街も人も精巧なジオラマみたいに見えて。

私の居場所はここではないのだと、必死に告げていた声ももう、なにも聴こえない。


< 66 / 69 >

この作品をシェア

pagetop