あきらめられない夢に
畳んである布団に携帯電話を投げつけた瞬間、そのときがついにきた。

慌てて着信音が鳴り響いている携帯電話を取り、着信画面を確認する。


「もしもし」


いつもと変わらない普通の声を出すつもりだったが緊張している僕には普通がどうだったか分からず、とにかくどういう声でもいいから携帯電話に向かって声を出した。


「おう、久し振りだな」


久し振りに聞いた先輩の低い声は、ほんの少しだけ嗄(しゃが)れているように思えた。

こういう声のときは、仕事が忙しく立て込んでいるときの声だった。



お互いに一言ずつ交わしてから、しばらく沈黙が続いた。

今、先輩が忙しいと知って遠慮をしているということもあるが、本音を言えば何から話していいのか分からなかった。



勝手に僕が電話をしようと思ってのことであり、いきなり今日の出来事を話しても先輩にとってはいい迷惑になってしまう。

仕事を辞めたことを今更謝罪しても、それならば辞めなければよかったと思われてしまうのでないか。



そんなことが頭の中を駆け巡り、僕は話す言葉を見つけられないでいた。


「元気でしているか?」


小さくため息をついたあと、先輩は僕のことを気に掛けてくれた。

この優しさに僕は何度救われ、何度背中を押されてきただろう。

そして、またしても僕はこの人の優しさに背中を押された。


「先輩こそ、元気ですか?今、仕事忙しいんじゃないんですか?

俺、先輩に一杯話したいことがあって、でも何から話していいか分からなくて・・・」


口から出てくる言葉は何も纏まっておらず、ただ頭の中に浮かんだことだけをひたすら発しただけだった。
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